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シンプリストになりたいのです

本・赤と青のガウン の感想

以前、彬子女王殿下のお書きになられた『飼い犬に腹を噛まれる』を拝読しました。勤労感謝の日が元々はどういった日であるのか、お米とは…。私はこれまで日本で暮らしてきながら、”日本”というものを何も学んでこなかったのだな…と、様々な気づきがあり、勉強になりました。

(『飼い犬に腹を噛まれる』の感想はこちら↓)

yu1-simplist.hatenablog.com

私はどなたが書かれているかということを意識せず、タイトルと、ゆるそう表紙に惹かれ『飼い犬に腹を噛まれる』を手に取りました。ですが実際に「さて読むぞー!」と手に取ってみてビックリ。彬子女王殿下って彬子女王殿下?状態です。庶民の、しかも学のない私で理解できるのかしらん?

しかしながら折角の出会い。いざ、読んでみると、なんと興味深く、面白いことか。

更に、読み進める中で『飼い犬に腹を噛まれる』は彬子女王殿下の1冊目の御著書というわけではなく、その前に『赤と青のガウン』という御著書があることを知りました。欲張りな私は当然のことながら、『赤と青のガウン』も求めることになるのです。

大変失礼ながら、私は皇族の方々について、そして皇族の仕組みについても無知です。それゆえに、前回はどんな感想も失礼になるのでは…と、感想を綴ることを悩みました。ですが、こんなに魅力たっぷりなのに、紹介できないなんて…と、いつも通りの”出会った1冊の本”としてこちらに綴りました。

はい、今回も同様でして。彬子女王殿下の御著書である『赤と青のガウン』を拝読いたしましたので、感想や勉強になったところなどを綴っていきたいと思います。

どんな本?

今回、私が拝読したのは文庫版でした。

女性皇族として初めて海外で博士号を所得された彬子女王殿下による英国留学記。待望の文庫化!

≪赤と青のガウン。それは、私が博士課程を始めたときからいつか着る日を夢見てきたものだ。五年間の留学生活中、何人もの友人が博士課程を無事修了し、オックスフォードを旅立っていく様子を何度も見送ってきた。晴れ晴れとした表情でこのガウンを身にまとい、学位授与式が行われるシェルドリアン・シアターから出てくる友人たちの姿は、誇らしくもあり、またうらやましくもあった。オックスフォード大学の厳しい博士課程を成し遂げた者しか袖を通すことを許されない赤と青のガウンは、くじけそうになったときにふと頭に浮かび、オックスフォードに来たときの自分に立ち返らせてくれる「目標」だった。≫(「あとがき」より抜粋)

英国のオックスフォード大学マートン・コレッジでの、2001年9月から1年間、そして2004年9月から5年間の留学生活の日々――。当時の心情が瑞々しい筆致で綴られた本作品に、新たに「文庫版へのあとがき」を収録。

(Amazonより引用)

感想や勉強になったところ

『赤と青のガウン』は彬子女王殿下がイギリスのオックスフォード大学での約6年間の留学についてお書きになられた「最終報告書」なのだそうです。なんとも失礼な表現になってしまうのですが、私からすると1冊の御著書から3つの楽しみ要素があるわけでして。

まずは留学記としてのお話。私は中学生のころから語学というものが、本当に苦手でした。日本語ですら覚束ない状態で、英語やそのほかの国の言語を理解するなど到底できることもなく。名前を書けば入学も卒業もできるような四年生大学を卒業し、ぐーたらと36歳まで生きてきましたが、私の人生で”留学をしてみたい”と思ったことは、多分一度もなかったと思います。要は、留学は私からはとてつもなく縁遠いものだったのですね。

とはいえ、海外や留学に興味がないというわけではありません。言ってしまえば自分で行く勇気はないけれど、お話は聞きたいのです。お仕事や旅行で長期で海外に滞在された方のお話というのは、とてもリアルで面白いでしょう。そういう著書をときたま拝読していますが、些細な失敗も、現地での日常も、私にはきっと見ることのない世界が、誰かを通じて見られるのは楽しいことです。

更に、それが留学となると学んでいる学問についてや学校生活と、あれもこれも知れるわけです。私はそもそも留学がどういった様子で行われるのかというのも、ぼんやりとしか存じ上げません。そういった実際のところを知ることができるのは、嬉しいことなのです。

ちなみに、私が行っていたのは名前を書けば入学も卒業もできるような四年生大学ですから卒業論文で苦労した記憶もありません。というか、ゼミ論(小論文のもうちょい長いやつ)を提出したら卒業できたんですよね…。そういった苦労や達成感についても、私は経験してこなかったからこそ、興味深かったです。

2つ目は、皇族の方としてのお話。一般の方の留学記であれば、たぶん拝読してはいなかったと思うのです。好きな作家さんであったり、よほど好きな国であれば別ですけれど。1つ目でも述べましたが、海外旅行記であったりは確かに興味深いですが、誰でもいいわけではありません。彬子女王殿下の御留学だからこそ、拝読したいと思えるのだと思います。

私にとっては、皇族のお一人である彬子女王殿下という方が、留学されているからこそ見えてくるものがとても興味深かったです。例えば、パスポートについてや、一人での外出について。そういう仕組みになっているのか!と大変勉強になりました。パスポートって二色じゃないのですね。

そして3つ目は、ここでも度々申し上げている通り、私は以前拝読した椹野道流さんの『祖母姫、ロンドンへ行く!』や英国展でのスコーン三昧をきっかけに、英国がマイブームです。英国の食文化や鉄道についてなど、私が好きな”英国”がたくさん出てきて、嬉しかったです。

更にですよ。英国というそれだけでも魅力的なのに、オックスフォード大学!なんと良い響きでしょう。でも実際のところ、オックスフォード大学がどういうところなのか なんて何も存じ上げません。英国の賢い大学なんでしょう?レベル(ごめんなさい)。どのような仕組みで大学が運営されていて、それが日本とはどのように違うのか。へぇ~へぇ~言いながら最後まで拝読させていただきました。

私はこの人生で、たぶん留学にも英国にもお邪魔することはないと思うのですけれど、御著書を通して英国にちょっと近づけたような気がしています。ここからは、勉強になったところや、覚えておきたいところなんかを綴っていきたいと思います。

側衛さんについて

『飼い犬に腹を嚙まれる』でも取り上げられていた側衛さんの存在について。皇族の方々が日本国内で外出される際は常にお傍で御守りするのが彼らのお仕事であり、それがいかに重いものなのかを知りました。しかしながら、海外ではどうなのでしょう?留学先にも、側衛さんたちは同行されるのでしょうか?

アメリカや中東地域に行くときなどは、期間の長短にかかわらず側衛はつねに付いてくる。しかし、(なぜか)EU圏内は「安全」であるとみなされ、二週間を超える滞在では付かないのである。なぜ二週間かというと、送り迎えで二週間以内に側衛を日本から往復させるよりも、一人分の往復の航空券と滞在費のほうが安いという経済的な理由である。

もう少し詳しく説明すると、日本の警察が警察権を行使することのできない海外に日本の皇族が長期滞在をする際、皇宮警察は日本から側衛をつねに派遣しつづけるのではなく、その国の警察関係者に護衛をお願いする。しかし、英国ではそもそも私レベル(女王陛下の従兄弟の子ども)の王族には護衛が付いていない。

そのうえ、英国にはアラブやほかのヨーロッパの王族なども多く留学や長期滞在をされている。皇宮警察からの依頼だからといって私に護衛を付けてしまうと、英国内に何十人、何百人とおられる各国の王族・貴族の皆さまにも同じように対応する必要が生じて収拾がつかなくなるので無理なのだそうだ。

(P48-49より引用)

国であったり様々な理由で変わるそうですが…。なんと。側衛さん、付かないのですね。理屈としては納得ですけれど、EU圏内だからと言って本当に安全なのでしょうか?と疑問です。情勢によって変わっているかもですけれど。送り迎えは側衛さんがご一緒され、それ以外の留学中はおひとりで暮らされたそうです。

それに2週間の理由がなんともシビア!なんというか、節約するところはそこではないのでは?と思ってしまいました。そういったお金の取り決めをしているのは政府だと思うのですが…違ったらすみません。なんというか、もっともっと大切にするところがあるのでは?と思ってしまいました。

オックスフォード大学

私の勝手なオックスフォード大学のイメージはこうでした。ハリーポッターに出て来るような素敵なキャンパスがあって、皆さんとても勉強のできる方々で、学部ごとにキャンパスがいくつもあって、それぞれに図書館があって…みたいな。要は、1つの運営元大学があり、いくつかの学部が分かれているといった感じですね。でも実際はちょっと違うようです。

あまり知られていないことであるが、日本の大学とオックスフォード大学では運営の体制が大きく異なる。オックスフォード大学のなかには四十近くのコレッジ(学寮)と呼ばれる組織がある。各コレッジは独自の予算で運営するため、キャンパスが違うだけではなく、寮の充実度も食堂のおいしさも学力レベルまでも違う。そして、毎年「ノリントン・テーブル」と呼ばれるコレッジの学力ランキングが発表されるため、各コレッジは優秀な教員・学生の確保に鎬を削る。つまり「オックスフォード大学」というのは、コレッジや共有の図書館、レクチャーホール、実験施設などの入れ物のようなものである。たとえていうならば、学習院、慶応、早稲田、青山学院…といった東京都内の大学をすべてひっくるめて「東京大学」というような感覚だろうか。つまり、オックスフォード大学を卒業した人間にとっては、どのコレッジに所属したかということのほうが重要になる。

(P60-61より引用)

オックスフォード大学って一口で言っても、いろいろあるんですね。存じ上げませんでした。でも当然、国が変われば運営体制は変わりますものね、そりゃそうか。

日本国内では様々なコメンテーターであったり、学歴を身分証明書のように提示される方がおられます。なかにはもちろんオックスフォード大学卒業の方もおられると思いますけれど、だいたい「オックスフォード大学卒業」としかいいませんよね。オックスフォード大学内にピンキリがあるといっても、キリでも極めて高い水準の学力なんでしょうから、見ている側からすると大した差分にもなりません。それに何よりコレッジによって差があることを知っている文化圏の人がどれくらいいるのか…と考えると、解りやすい情報である大学名だけでいいのでしょうね。

学術界であったりでは、当然コレッジまで紹介されているでしょう。私が普段見ている世界というのは、ほんの一部でしかない、簡潔に省略されたわかりやすい世界なんだなぁ…とふと思ったのでした。

西洋の絵画と日本の絵画

以前、長澤芦雪の展示を見に府中までお邪魔しました。禅における絵がどういったものか、そもそも南画とはどういうものかについて知りました。というのは建前で、実際のところ ただひたすらに可愛らしいワンコに癒されてきただけです。

そして先日、上野の森美術館にて大ゴッホ展にもお邪魔してきました。これまでもゴッホの絵画には触れてきましたが、ずっと見てみたかった『夜のカフェテラス』は本当に美しかったです。

どちらもとても素晴らしい絵画に違いありません。西洋と日本の絵画を比べると、知識のない私では言語化はできなくても、それらはやはり別物であるのだなというのがよくわかります。たとえモネやクリムト、ゴッホがジャポニズムに影響されて、日本画に似た何かを書いても、それは西洋絵画であって日本画ではないのです。画材が違うから、キャンパスが違うから、ではないもっと根本的な何かが違うのです。残念ながら私にその何かを言語化する語彙力は皆無なのですけれど。

更に日本の絵画の中でも、床の間に飾る絵と浮世絵が違うということも、なんとな~くわかります。このなんとな~くが、言語化できなくて、ムニャっというか、イラッというか、なんとも言えない気分になるのです。

西洋では絵画や版画は額に入れて壁に飾る。基本的な絵画の用途とは場所を飾ることである。しかし、絵画の機能はそれだけではないと考えられている。有名画家の高価な絵を飾れば、富と権力を示すステイタスシンボルになる。歴代の家族の肖像画をかければ、歴史のある由緒正しい家であることがわかるし、無名の現代作家の作品をかければ、美術に造詣の深い文化人にみえるだろう。つまり、絵画には持ち主の人となりを表すという機能がある。そして、西洋の絵画は一度かけてしまえば、よほどのことがないかぎり取り換えられることはない。

でも日本の絵画の場合は少し違う。金箔や銀箔をふんだんに用いた城の襖絵のように、城主の権力を示すために使われることもあるが、一般的には、部屋の中に季節を生むという機能が中心となる。そして、お客様に合わせて使い分けるものでもある。床の間に飾る掛け軸は、春なら桜、夏なら水、秋なら紅葉、冬なら梅…と使い分ける。桃の節句であれば立雛、端午の節句であれば甲冑や鍾馗の絵が飾られる。そうして、季節感のない和室に季節や節句を表現するのである。一年を通して飾りっ放しの西洋の絵画とは基本的に性質が違うものだ。

ではジェシカに質問された浮世絵はというと、これもまた少し違う。いまでこそ日本美術史のなかで語られる浮世絵であるが、つくられていた当時は現代でいう雑誌のようなもの。好きなアイドルの載った雑誌の切り抜きのように壁に貼ることもあったかもしれないが、どちらかといえば普段はしまってある物を折に触れて取り出してみるものだ。

(P103-104より引用)

なるほどです。このお話を聞いて、私の少ない頭の中の引き出しから出てきたのが、原田マハさんの『たゆたえども沈まず』と、森下典子さんの『日日是好日』の2冊でした。

『たゆたえども沈まず』の序盤で、ゴッホの弟であるテオが貴族たちに絵画を売るシーンがあるのですが、同様のことが言われていました。夫が外でお金を稼ぎ、そのお金で妻は家を飾る絵画を買うのです。それは彼らにとってステイタスで、最先端の絵を飾ることができれば自分たちが最先端の人間であると証明できるし、偉大な画家の作品であればそれを買う財力や知識があるという証明になるんですよね。

でも日本の絵画は、季節であったり、見えないものを彩るものなのですよね。まぁそもそも日本では何枚も絵を飾るスペースが誰しもにあるわけじゃないし、火事が多いからとかもあると思いますけれど。それでもお茶の席で毎回変わる、飾られた絵や言葉、そして花にどんな意味があるのだろうか、と思いを馳せることで、季節と繋がっていくのは素敵だなぁと思うんです。ある意味、神様と繋がるようなものですよね。

お茶の席であったり、家であったり、”誰かに見せる”ことが目的であっても、やっぱりその場所(国)で違うものなんですねぇ。私は日本人なので、日本的なものが好きですが、西洋的な考えも良いと思いますけれどね。

で、何より日本的なものを好むのであれば、それを言語化できるくらいの教養が欲しいなぁと思うのでありました。彬子女王殿下の御解説、とても分かりやすくて今後の参考にさせていただきたいと思います。

パスポートの色

側衛さんの存在も皇族の方ならではのお話だと思いますが、他にも ならではのお話が。エリザベス女王陛下とアフタヌーンティーを…なんて、一般庶民にはできることではありません。もう1つ私がびっくりしたのはパスポートの色について。

私はパスポートというものを持ったことのない人生ではありますが、だいたいは赤か紺色をということくらいは存じ上げております。でも、他にもあるんだそうな。

皇族は「日本国民」ではない。戸籍や住民票はないし、国民健康保険には加入させてもらえない。だから海外旅行をするときに発行されるパスポートも、普通の赤や紺の表紙のものではない。表紙に「外交旅券」と書いてある茶色のパスポートで、外交官がもつものと同じである。

(P133より引用)

皇族の方に戸籍がないことや、国保に加入されていないということは存じ上げていたのですが…。確かにそうなるとパスポートは…?というお話ですよね。この茶色いパスポートは、海外渡航の際には一回限りしか使えないそうで、海外旅行の度に新しいパスポートを発行してもらわなければならないそうです。

ちなみにパスポートの色は、赤、紺、茶のほかに、国会議員や公務員等の公務渡航用の緑色なんかもあるそうな。知りませんでした。

英国の料理

元奈良県民として世論に異議申し立てたいことがあるとすれば、奈良にも美味いもんの1つくらいはある ということ。文豪である志賀直哉先生は、「食いものはうまい物のない所だ」と仰り、何かにつけて「奈良にうまいものなし」と言われるのが、ちょっと不満だったりします。好みはわかれますが、柿の葉寿司や奈良漬けだって美味しいし、三輪そうめん なんて年中いつ食べても美味しいのです。何より志賀直哉先生は、奈良愛ゆえにそう仰ったのであって(要は自虐的な)、外の人間に言われると尚更、不満だったりします。

ですので、「英国料理はまずいよ」という言葉を聞くと、ちょっと納得しつつも、でも奈良にだって美味しいものはあるから…と謎の言い訳をしたくなるのでした。

「英国の料理はまずいよ」

留学する前にほんとうにたくさんの方からいわれた言葉である。行く前にかなり脅されていたせいか、実際に食べてみると「まずくはない」気がした。でも、平均的にあまりおいしくないというのは事実である。英国にはおいしいものを食べることに情熱を燃やす人が少ない気がする。これはプロテスタントの一派であるピューリタン(清教徒)が贅沢を嫌ったことによるものらしく、ひと昔前までは外食といえばフィッシュ・アンド・チップスしかなかったそうだ。

(P183より引用)

もちろん、私は彬子女王殿下のように現地に行ったことがあるわけではないのですが…。これまで英国展にお邪魔して、英国の食文化に触れて思ったのです。そう、「まずくはない」ということを。

お肉を入れたパイであったり、フィッシュ・アンド・チップスであったり。大味と言えばよいのでしょうか。素材の味をそのまま楽しむ味だね、というのが率直な感想でした。ですから、本当に「まずくはない」のですよね。ただ、まだ私は、スターゲイジーパイとか、うなぎのゼリー寄せとか、ミンスパイを食べたことはないので、「今のところ」と付け加えておきたいと思います。

御著書の中では、インド料理、タイ料理、そして英国人家庭でのお料理が比較的おいしいとありました。そういえば、誰だったかに「英国で食べて一番おいしかったものはなに?」と聞いた時に、「インド料理店で食べたカレー」と回答が返ってきたような。そのときは「英国まで行ってカレーかいな」って思いましたけれど、英国だからこそカレーなのか…とも。これまでの歴史や文化を知った今だからこそ思うわけで。

とはいえです。少しページを飛ばしてみましょう。

「英国のおいしいものといえば数限りない!」といいたいところであるが、残念ながら現実は正反対である。でも、数少ないおいしいものにスコーンがある。アフタヌーン・ティーでは、キュウリのサンドイッチやケーキと一緒に二~三段重ねのティースタンドに載せて供される、ずんぐりむっくりの丸い焼き菓子。紅茶と一緒に供するクリーム・ティーもポピュラーである。クリーム・ティーといっても紅茶にクリームを入れるわけではなく、スコーンにクロテッドクリームとジャムを添えることからこのように呼ばれるらしい。

(P251より引用)

やっぱりスコーン、強い!英国展でいろいろなスコーンをいただいてきましたが、どれも美味しかったですもの。イギリスにも美味いものあり。奈良にも美味いものあり。ですね。

作者の名前

年に1~2回は〇〇美術展的なものにお邪魔しておりますが、そこでふと思ったことがあります。とある美術展にて、メインとなる人の作品の前には長蛇の列ができているのにかかわらず、それ以外の作品には驚くほど人がいないのです。例えば、ピカソがメインとなる展示に行ったとすれば、それ以外のリュスであったり、マネの作品はスルーされるといった具合。

それぞれにお目当ての作品があるでしょうから、別に悪いと言っているわけではありません。けれど自分がどれだけ素晴らしい作品に出会えたと思っても、それを他の人がスルーしていくのを見ると、ちょっとシュンとなってしまうのです。とはいえ、私だって誰の本でも読むわけではありません。作者が誰なのかは、何かを見るうえでの重要な判断基準になるのは当然のことでしょう。

私も自分の身に覚えがないわけではないが、日本美術研究者は初めての作品に出合うと真っ先に落款や印章を確認し、真贋の判断をしてしまいがちである。そんなわれわれをみて、ジョーさんはいう。

「どうしてそんなに作者の名前を気にするんだ。目の前にこんなに素晴らしい作品があるのに。作者に失礼だ。」

たしかに、そのとおりなのだ。そんな日本美術の当たり前を私に教えてくれたのは、ジョー・プライス氏だった。

(P225-226より引用)

文章のように常に能動的に情報を取りにいくものは仕方ないとはいえ、絵画展のようにある意味到着して以降は受動的に情報を受け取ることができるものは、もう少し素直になってもいいのかしらんと思うのでありました。その作品が美しい、素晴らしい、と思うのであれば、作者が誰であるのかという視点は忘れてもいいのかななんて。ま、覚えておいて後で調べるんですけれどね。

二つのアドバイス

スパーアドバイザーのアンガス・ロッキャー先生のアドバイスのお話。

彼にもらった数々のアドバイスのなかで、よく覚えている言葉が二つある。それは、「Think small(小さなことから考える)」と「Always think about a question(いつも質問を考える)」ということである。

論文を書くときにまず必要なのは、仮説を立てることである。そして、その証拠を集めることが研究をするということだ。料理でたとえるならば、まずつくる料理を決めてから材料を買いにいくという流れが正しい。でも、私の「論文」という料理の作り方の手順は逆だった。おいしそうな材料を買ってきたあとで、「さぁ、何をつくろうかな」と考えるというものだ。あとで知ったことだが、この考え方をする人間は残念ながらあまり研究者には向かないのである。

(P303より引用)

私は冒頭でも述べた通り、四年生代卒の資格こそ持っていますが、名前を書けば通過できるような大学でしたので、論文を書くといった高尚なことをしていません。もちろん、ゼミをとっていたので、ゼミ論を2本書きましたが、気になっているテーマの論文を切って張って繋げてだしただけのもので、私の仮説などというものは1mmも反映されていないものでした。何が悲しいって、36歳にして、論文ってそう書くのね…なんて今更なことを知ったことですよね。まぁそんな私のどうでも良い大学生活のことは置いておきまして。

このアンガス先生のアドバイスは、これからの私にもとても参考になるなぁと思うのです。「Think small(小さなことから考える)」と「Always think about a question(いつも質問を考える)」ということですが、私の場合は特に1つ目の小さなことから考えるというのは、意識したいもの。何かを見ると、なんでなんで?とは思うのですけれど、テーマがざっくり大きすぎて、理解しきれないことが多々あります。でも、小さなことから考えていけば、解決することも増えるのかも。

”日本絵画と西洋絵画の違い”という大きな括りで見ると、あれも違う、これも違うと頭の中が混乱してしまいそうですが、「日本絵画と西洋絵画の”飾り方”の違い」とかであれば、もう少しスモールに考えられそうですよね。参考にしたいです。

帰途

博士課程を修了するための論文に合格すれば、博士号を取得することができる。私の知識はその程度なのですけれど、大学図書館で働いていた際に、院生の方や教授とお会いすることもあったので、その大変さの0.0001mmくらいは理解しているつもりです。要はとんでもなく大変。

それが母国語である日本語でもとてつもなく大変なのに、オックスフォード大学の論文となると、当たり前ですが英語で書かなければなりません。それにおひとりで留学されているのですからそういった苦労もあるでしょうし、本当に本当に大変なことだったと思うのです。

ほんとうにいろいろなことがあった五年間だった。「なぜ私の気持ちは伝わらないのだろう」「こんなに頑張っているつもりなのに、なぜ認めてくれないのだろう」と何度も憤り、何度も泣いた。でも、この留学記の連載は始めてしばらくたったころ、ある人にいわれたのである。「私、彬子さまが留学中にこんなに大変な思いをされていたなんて知りませんでした」と。その言葉を聞いてはっとした。いままで私は留学中の苦労話を日本にいる人たちにしたことがあっただろうかと。

楽しかった話は相手を楽しませることができる。でも、辛かった話はいたずらに相手を心配させる。だから私は、帰国したときに会う人たちに積極的に苦労話をすることはなかったし、むしろ楽しそうにやっている姿しかみせてこなかったかもしれない。

(P346より引用)

きっと私たちがニュースなどで拝見させていただけるお姿というのは、ポジティブな面だけで、その裏でどんなご苦労があるのかといったことは触れられていないのでしょう。留学とだけ聞くと海外の素晴らしい文化に触れられ、現地での交流も楽しそうですし、プライベートも学業も充実して…そんなキラキラした生活をイメージしてしまいがちです。でも、それだけじゃないんですよね。

だからこの留学記には、彬子女王という人間の人生の記録として、楽しかったことも辛かったこともすべて書き綴ってきたつもりである。これが、私の留学生活を温かく見守ってくださったすべての方たちへの、私の心からの感謝の気持ちを込めた「最終報告書」である。

(P346-347より引用)

よもやま話

今回、あえて彬子女王殿下が研究されていた内容に関しては深く触れず、日常での出来事であったりをメインに引用をさせていただきました。彬子女王殿下の研究についても、支える先生方に関しても、とても興味深かったです。特にジェシカとティムのお話が好きなんです。二人とも私は姿を拝見したことはないのに、何故かイメージできる…外見や声がなんとなく浮かんでくる!不思議です。

あと英国の鉄道のお話も面白かったなぁ。あわやニュースに⁉みたいな事件なので、面白いと言っては怒られてしまうかもしれないのですけれど。夫と共に読んだのですが、夫も喜んでおりました。どんなお話なのかは、読んだ人の特権ですから、興味のある方は是非。

冒頭でも触れましたが私は日本に住んではいるのですが、”日本”に関する知識が本当に乏しいのだなと痛感する日々です。これまで西洋の絵画をみることはあっても、日本画は全然でした。有名な画家に関しては名前は知っているけれど、では作品名は…?と言われると、んーっと と口ごもってしまいます。何もこれは美術や音楽といった芸術・教養だけでなくて、文化に関しても言えることです。

どうして日本では畳を敷くようになったのだろう。靴は玄関で脱ぐんだろう。日本の神様はどんな方々なのだろう。疑問に思うことはたくさんあるけれど、結局そのままにしてしまっていることばかりです。Think small.小さなことからでも、考えてみたいと思います。

今回は、この辺で。次は何を読みましょうかね。