前回、「線は、僕を描く」という水墨画をテーマにした小説を読了し、感想を綴りました。今回は、その続編の「一線の湖」についてネタバレを交えて綴りたいと思います。
それにあたり「線は、僕を描く」のラストの内容にも触れることになりますので、ネタバレを気にされる方はご注意くださいませ。
あらすじ
17歳で両親を交通事故で失うという悲しい過去から、自身の心の中にある真っ白なガラスの部屋にこもりがちになってしまった主人公の青山霜介。大学生になり、たまたま参加した展示会の飾り付けのアルバイトをきっかけに水墨画に出会います。
そこで水墨画の巨匠 篠田湖山に見いだされ、内弟子になることに。湖山の孫・千瑛は霜介が弟子になることに抗議し、翌年の展覧会で湖山賞をかけて勝負すると言い出します。
それから霜介は篠田湖山や千瑛、内弟子の西濱湖峰や斎藤峰栖など名だたる水墨画家から、様々なことを教わっていきます。水墨画とは、自然とは何か、内なる世界とは…水墨画を通し、少しずつ心に色を取り戻し、前に進みだす霜介。
そうして翌年の展覧会。千瑛も霜介もそれぞれの答えを水墨画に込め、それぞれが賞を受賞するのでした。
そんな展覧会から2年後。大学3年生になった霜介に進路という壁が迫ってきていました。水墨画家として水墨の世界で生きるのか、それ以外の道に進むのか。就職活動が始まっている時期だというのに、ただ目の前の課題をこなす毎日を送っていました。
悩んでいるかどうかすら、分からないというのが本当のところだ。進路に関しては迷い続けている。今の学生生活に不満があるわけじゃない。今の生活だって、僕にとってはようやく獲得したものだ。だから、これからどうしたらいいのか分からない。分からないまま、時間が過ぎて大学三年生になった。
(P8より引用)
千瑛はというと、その本人と水墨画の美しさが人気になり、TVや雑誌などで水墨画を広めるために忙しくしているようです。
そんなある日、霜介は初めて参加した揮毫会で大失敗をしてしまいます。
「あのね、遊ぶこともまた、自然なんだよ」
目を逸らし続けていると、先生は立ち止ったままだった。何を言っているのか、まったく分からない。今日、大切だったのは遊ぶことではなく、失敗しないことだったはずだ。
「青山君、顔をあげなさい」やっと視線が合うと、また朗らかに笑った。
「そんなに気にしなくていい。誰も何も失ってやしない。君が失敗だと思ってるものだって、今日のような場所でないと得られなかっただろう」
「そうかもしれません」
優しい言葉をかけてほしいとは思わなかった。責められたほうがずいぶん楽だったはずだ。僕は先生が何を言っているのか分からなかった。優しい言葉の響きだけを聞いていた。
「私は君にまだ大切なことを伝えきれていないのかもしれないね」
(P36より引用)
湖山先生は霜介に気にしないように諭しますが、霜介にはその言葉がなかなか届きません。
「あのね、青山君。こんなこと言うのは心苦しいが、少しの間、筆を置きなさい。悪いことは言わない。会場でも同じことを言ったが…」
と言った。僕ら二人の間に、マイクが差し込まれてその言葉だけが拾われてしまった。
「それってどういう意味ですか?」
と、人だかりのうちの誰かが声をあげた。スライドドアは閉まり始めて、手を離された。クラクションが小刻みに鳴らされている。低速で去っていくバンを見送りながら、人だかりは僕に移り、無数のマイクやフラッシュが囲んだ。
「さっきのは破門ってことですか?」
と、だれかが言って、僕は首を振った。
まさかそんな、そんなことはないだろう。
あんな優しい声で破門だなんて。
(P37より引用)
揮毫会の様子はTVでの放映もされていたため、霜介の失敗は瞬く間に人々の知るところになりました。大学でも、冷ややかな目を向けられ、こそこそと陰口をたたかれているのを耳にします。授業では親友の古前や、古前の恋人の川岸が霜介を守る壁となりましたが、それでも自身の失敗を改めて痛感するのでした。
ただただ茫然と授業を受けていると、兄弟子の西濱から連絡がありました。とある小学校で水墨画の授業をしなければならないが、体調を崩してしまいできそうになく、応援に来てほしいという連絡でした。
霜介は大学を抜け出し、西濱の指定した小学校にやってきました。そこは、霜介の母親が勤めていた小学校だったのです。数年前、母親が他界するその日まで勤めていた場所でした。
霜介は教室に水墨画の道具を準備し、西濱が子どもたちの前で水墨画を描きます。描かれたのは竹でした。
両側を丁寧に調墨された節は、水分が紙に浸透し始めると、さっきよりも鮮やかにグラデーションが現れた。ここで速度を落とし、彼は筆を置いた。手元にあった固形墨をゆっくりと磨り、説明を始めた。
「いまは最後の仕上げのために墨を磨っています。俺は仕上げの前には、なるべくこうやってゆっくりした時間を作るようにしています。すぐに終わらせられるけれど、ちょっと待つ。不思議なもので、完成の前にこの『ちょっと』を持ってるとうまく行くことが多いです。休むことが大事な意味を持つときもあるんです」
いつの間にか引き込まれ、なるほどと思いながら聞いていたけれど、こんな説明、子どもたちにわかるのだろうか。声音も違う。少しだけ、こちらと視線が合い、椎葉先生の方も見た。西濱さんは僕らにも見せてくれていたようだ。彼に見えているのは両面だけではない。本当によい仕事をする人だなと思った。
(P53より引用)
そうして、お次は子どもたちも…ということろで、西濱の体力は尽きてしまいました。西濱は別で休むことになり、霜介がクラス担任の椎葉先生とともに子ども達に水墨画を教えることになりました。
子どもたちがそれぞれ筆を持ち、挑戦する中、霜介は1人の少女・水帆に目がとまります。
「間違ってない?」私は正しいの、と訊ねられたような気がした。僕は首を振った。
「そもそも、間違いなんてないんだよ。楽しさがあるだけだ」
自分で言った言葉に、僕自身が驚いていた。かつて、僕自身が湖山先生に教えられた言葉をなぞっている。あのとき言われた『楽しさ』とは何か、ただ『面白い』という言葉だけではとらえられない物、正しさにも間違いにもとらわれないもっと大切なものを、湖山先生は『楽しさ』と表現したのかもしれない。彼女の絵を見ていると、そう思えた。
この絵の中にある時間や『楽しさ』はいま描き込まれ、繋ぎ止められた。それだけじゃない。彼女の中に、絵を描く喜びが生まれたのだ。一生懸命に絵を見ている横顔を眺めていると、それに気づいた。
(P58より引用)
彼女が描きあげた絵を、そして喜んでくれたことを霜介は忘れることはないだろうと考えます。そのあとの授業は、子どもたちが騒いだりで散々ではありましたが、それでも無事、授業を終えることができました。
西濱を車で自宅に送り届け、道具をアトリエに戻すために霜介は湖山先生のアトリエへ向かいます。そして湖山先生に今日の授業であったことを報告します。すると、小学校からまた授業に来てほしいと依頼があったことを湖山先生から伝えられます。
西濱は多忙が原因で体調を崩しているということでしばらく休養するため、もし授業をするとすれば、先生役は霜介がすることになります。筆を置いて休んでほしいと思っている湖山先生からすると心から後押しすることはできません。それでも湖山先生は霜介に授業を続けるかどうかを決定権をゆだねるのでした。
それから霜介は、授業を続けることを決め、それいことにかく子どもたちのための授業の内容を考えることに時間を費やすようになりました。子どもたちに水墨画を教えることで、忘れてしまっていたことを思い出させてくれる、そんな場所になりました。それと同時に、母親がどんな仕事をしていたのかを知っていくのでした。
授業の後、校長先生に呼ばれた霜介は校長室へと足を運びます。校長は霜介の母のことを知っており、母についての話を耳にすることになります。そして、子どもたちのクラス担任の椎葉先生も、母のことを知っている先生でした。そして霜介が水墨画の世界にいることを知り、授業を依頼してきたのでした。
「敬子先生が言っていました。誰かのすごく良いところは、実は欠点のように見えるものの中に隠れてるって。大きな可能性は簡単に見てとれるようなところには、隠れていないんだって。それは子どもたちの中では大きすぎるから、あなたが子どもに向き合う姿を見て、先生がそう言っていたことを思い出したんです」
僕もその言葉に母のことを思い出していた。母はこう言っていた。
「誰かにダメつて言われても、自分が素敵だと思ったものを信じなさい。そこにあなたの宝物が見つかるから。あなたにしか見えない宝物がこの世界にはたくさんあるから」
(P111より引用)
椎葉先生と母の思い出話に花を咲かせていると、椎葉先生は1冊の本を霜介に手渡しました。それは、学習指導計画書。霜介の母が毎日綴っていた日誌で、最期の日まで使っていたものでした。
それから霜介の日々はとても忙しいものになっていきます。大学の授業や、子どもたちの水墨画の授業、そして小学校での揮毫会、更には大学でも揮毫会をすることになります。湖山先生から筆を置くように言われてはいましたが、霜介は筆を置くことはなく、毎日水墨画を描き続け、身体もどんどんと擦り減っていく毎日でした。
また、水墨画を初めたときに湖山先生からもらった筆も壊れてしまいました。霜介は湖山先生に事情を話ますた、新しく渡された筆は、穂先が曲がり使い古した1本の筆。これでは、繊細な水墨画どころか、1本の線を描くことすら困難です。
そんなある日、霜介は右手に大怪我を負ってしまいます。
「筆はお返ししなければ、なりません」
先生は一度だけ瞬きをした。閉じて開かれた目は、さっきよりもずっと憂いを帯びていた。秋が冬に変わるような寒さを見ていた。
「どうして」
「右手がきかなくなりました。まだ誰にも言っていませんが、感覚がないんです。筆を持つことはできそうにないです」
「右手を感じないのかい?指先が消えてしまったように」
「ええ。そうです。指先が消えてしまったように。手から何かが奪われたような感じです。動きはしますが、消えてしまいました」
先生は自分の右手の指をゆっくりと握った。
「大切な筆だと言う事ですから、後日お返しします。本当に今までありがとうございました。僕の道はここで終わりのようです」
(P192より引用)
そして霜介は全身の痛みに耐え、湖山先生に感謝を述べます。
「涙をとめて、そう言ってくれれば、私も頷くことができた。君には無理をさせてしまったと自分を責めていたから」
右手で頬に触れると濡れていた。
「君はまだ、見えていない」
僕は黙って先生を見つめていた。何を言っているのだろう。
(P193より引用)
湖山先生は霜介にはまだ森羅万象が見えていないと言います。そして、もう一度揮毫会をすることを提案します。その揮毫会は、湖山先生の引退セレモニーで行うと言います。それまで湖山先生の山奥にあるアトリエで身体を休めるように勧められるのでした。
母親のことや様々なことに心の整理がついた霜介は、湖山先生のアトリエに行くことに決めます。山道を超えてやってきたそこには、ただただ美しい山と湖があり、そのすぐ近くに1軒の建物がありました。そこには、とある一人の男性がいて、その建物や周囲を管理しているのでした…。
感想
失礼な感想かもしれないのですけれど、読み終えて一番最初に頭に浮かんだ言葉は「アベンジャーズや…」でした。読み終えた方なら理解してくれるかな…と思うのですけれど、敵対している人達がいろいろな試練を乗り越えて味方になっていく。そして最後にはラスボス的な相手を相対して勝利を収める。そんな感じ。
水墨画をテーマにした小説なのに、不思議な感想ですよね。別に、ドッタンバッタン銃撃戦をしたりするシーンなんて一つもないんですよ。最後まで優しく、美しい世界でした。
この前編の「線は、僕を描く」だけでももちろん物語は完結していましたけれど、「一線の湖」を読了してみると、本当に物語が完結したんだなと感じさせられました。両方読むと、結構な分量にはなりますけれど、読んでよかったです。
個人的には霜介君が山に籠ってからの物語がすごい良いなぁと。「線は、僕を描く」では感涙ということはありませんでしたが、「一線の湖」はいくつか涙腺崩壊するシーンもありました。アトリエにいたとある人物がね、このお話が最高に良かったです。愛だなぁ…って。染みました。
ちなみに、千瑛さんと霜介くんの恋模様については特に描かれることはありませんでした。「一線の湖」では恋愛ではなく、霜介くんの進路であったり、水墨画についてがテーマとなっているので、恋愛要素は皆無です。川岸さんと古前君は良い味を出していましたけれど。
でもですね。個人的に、これもうプロポーズやん!と思ったシーンがありまして。
「私がとても残酷なことを言っているのは分かってる。でも、それも本当の気持ちだから。だから、決めたことがある。いい?怒らずに聞いてほしい」
僕は自分を押さえつけて頷いた。
「もしあなたがこれから筆を持たないなら、私も筆を持たない。あなたが描くのなら、私も描く」
「何を言っているの?描くことは千瑛さんのすべてだろう」
「違う。描くことだけをすべてにすると、描けないものがある。気づけないことがある。私はやっとそのことに気づいたのかもしれない。一つのことだけ追いかける季節が終わったのかもしれない。分かってほしい」
(P211-212より引用)
水墨画家として生きてきた千瑛さんからしたら、これってもう人生や命に関わる話なんですよね。それを託すって…もう。恋愛的な関係ではないかもしれない。でも画家としての、自分の核の部分の運命を相手にゆだねるって…!!!と、一人邪推して狂喜乱舞しておりました。いやはや尊い。
よもやま話
作中で描かれている絵って、扉絵とかにあるわけではないから、ひたすら想像するしかないんですけれど。その絵が正解なのかどうかっていうのは、たぶんさほど重要じゃなくて、それが心の中に浮かんでいく過程が重要なのかなぁなんて思いました。
今までも絵画が作中に出てくる小説は読んだことがありますが、0からの想像っていうのはあまりなく。あっても、図解や扉絵で答えのあるものや、調べればすぐにわかるものばかりでしたから、答えのない絵を想像するというのも面白い作業でした。
文章としては難解になりそうなのに、そこに躍動感が生まれるところがワクワクして。だからアベンジャーズだ…なんて思ったのかもしれません。面白かったなぁ。
はてさて、次は何を読みましょうかね?

