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シンプリストになりたいのです

本・和菓子のアンソロジー

今年の2月に和菓子をモチーフにした物語『和菓子のアン』と『アンと青春』を読みました。

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もうすっかり物語の世界に魅了されてしまいまして。今までデパートの地下フロアで見るのは洋菓子コーナーばっかりだったのが、すっかり和菓子コーナーも追加されています。物語もまだまだ続いていくようで、続編の3巻『アンと愛情』も近々読もうと思っています。

実はこの「和菓子のアン」シリーズ、アンソロジーも出ているそう。これもチェックしてみなくては!ということで、そちらについてネタバレ交えて綴っていこうと思います。

坂木司リクエスト!和菓子のアンソロジー

「そういえば、他の方が書いた和菓子のお話も読んでみたいですね」

すると編集者さんは、残念ながらあまり和菓子の話というのはありませんねと答えた。そこで私はつい「ないなら、書いてもらいたいなあ」と言ってしまったのです。

(本書 まえがきP7より引用)

読書家としても知られる『和菓子のアン』の著者・坂木司さんがおっしゃったこんな一言から生まれた『和菓子のアンソロジー』。和菓子をモチーフとした短編が10編、ぎゅっとお歳暮のようにつまったそんな1冊でした。

お品書きは以下の通り。

こちらの全10編です。実は皆さま名前こそ存じ上げているのですが、読んだことが一度もない初めましての方ばかりでした。アニメを見た…とか映画を見た…という方もおられますが、それはいったんおいておきまして。一気にこんなにもたくさんの人と出会えるなんて…アンソロジーってその辺の出会い系サイトよりも出会いがあるのでは…とか馬鹿なことを考えてしまいました。

それでは1つずつ触れていきましょう。

「空の春告鳥」坂木司さん

1つ目は坂木さんの「空の春告鳥」。こちらは『アンと青春』の第一章と全く同じものです。「飴細工の鳥」という言葉の意味を解明するためにいろいろ考えたり、自分を投影して思い悩んだり…みずみずしさと、どこか初々しい感じが何度よんでもたまりません。

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こちらは以前、深く触れていますのでこの辺で。

「トマどら」日明恩さん

2つ目は「トマどら」。

物語の主人公となるのは宇佐見という若い男性の警察官。彼は毎月贈られてくる とある贈り物に困らされていました。重みのある白い紙箱の中身は12個のどら焼き。ちょっとした問題解決をきっかけに送られてくるようになったのですが、それは一体どうしてか…という謎解きの物語。

謎解きという点では『和菓子のアン』と同様のテイストかと思いきや、主人公が警察官であったり、男性であったりということでまた違った空気感を味わうことができます。

季節の果物が入ったどら焼きがでてくるのですけれど、とてもおいしそうでして。タイトルのトマどらとはトマト入りのどら焼きのこと。いったいどんなお味がするのでしょうかね?

「チチとクズの国」牧野修さん

3つ目は「チチとクズの国」。

自殺しようとしている男性と、その父親の物語。この物語はこれ以上設定を語ってしまうと美味しい部分を食べてしまうことになるのでこの辺りで。親子の絆や、主人公の葛藤といった軸となる物語と、水まんじゅうがいい感じに絡んでいてとても面白かったです。

「真面目に正しく生きることはちっとも悪かないよ。そりゃあれだけ騙されたら人間多少はひねくれちまうだろうけどさ。それでも俺はおまえのそういうとこが好きなんだよ。そういうところってのは、つまり親友だから無条件に信じちゃうところな。救いの手を差し伸べた人をみんな良い人だって思っちゃうところな。家族を泣かせるかもしれないけどさ、自分だって泣くような目に遭うだろうけどさ、それでも俺はやっぱり思うんだよ。騙す人間になるより騙される人間になれってさ」

「馬鹿だよ」

ぼくは吐き捨てるように言った。

「騙される人間はただ馬鹿なだけなんだよ」

「うん、まあな」

父はうつむき頷いた。

(P99より引用) 

お父さんの人情味あふれるキャラクターがとても好きです。こういう人が近くにいれば楽しいだろうなぁ…でも実の父親なら確かに恥ずかしいなぁ…でも好きだなぁって。

ファンタジーなのに、現実味たっぷりで、でも夢があって、そうだといいなぁとか思いながら楽しく読むことができるお話でした。

「迷宮の松露」近藤史恵さん

4つ目は「迷宮の松露」。

日々のあれこれに忙殺されそうになった主人公の女性。

たぶん、わたしはなにも考えたくなかったのだ。

(P119より引用)

いつまでという期限すら決めずにモロッコメディナにやってきました。メディナの入り組んだ街並みで迷子になっていれば何も考えなくていい。一日迷って、行き先を考えて、夜になったらお決まりのホテルでゆっくり休んで眠る。そんな日々を繰り返す。

そんなメディナで常連となりつつあるとあるカフェ。よく訪れているからという理由でサービスされたのは、デーツというドライフルーツになにかが挟まれたお菓子でした。ねっとりと甘いそのお菓子はまるで上等なあんこのようで、ふと祖母がお茶の時間に出してくれた松露というお菓子を思い出す。

「しょうろ?」

「松の露という字を書くんよ」

祖母は、包み紙を裏返して、そこにきれいな字で書いた。松露。

和菓子には美しい名前がついていることが多いけど、これもあまりにも美しい。あんこに白い蜜をかけたものを、松の露と呼ぶなんて。

(P131より引用)

容姿も美しく、常にしゃんと着物を着て、掃除洗濯と完璧にこなしていた祖母。そんな彼女と比べてしまう自分の存在。

「いいえ、違うんですよ。松露って、松の露じゃないんです」

「え…?」

「松露って茸なんですよ」

わたしは、ぽかんと口を開けて、彼を見た。

「茸…ですか?」

「そうです。その茸に形が似ているから、松露という名前がついたんです」

わたしはもう一度蓋をあけて、松露を見た。

「こんなふうに白くてきれいな茸なんですか?」

たとえば、ホワイトマッシュルームのような。

「いいえ、真っ黒でごつごつした不格好な茸です。味は最高においしいらいんですけど」

「松の根本に生えるから、松露と言うのよね」

(P140より引用)

美しいものだと思っていた松露が実は違ったと知る主人公はそこからまた新しい視点を得る…といったような優しいお話。全体的にしっとりとしていて情景が浮かんでくる素敵なお話でした。

近藤史恵さんはいつか読もうと思いつつまだ読めていない作家さんで、実は購入したけれど読んでいない本が何冊か。今回短編をかじってみて、とても口に合いましたので、積読も読んでみたいなぁと思います。

「融雪」柴田よしきさん

5つ目は「融雪」。

雪降る北国でも、ようやく寒さが少し緩んできた3月の半ば。今日もSon de ventというカフェで主人公の奈穂は営業を始めます。薪をくべて暖炉を温め、開店準備をしているとやってきたのは村岡亮介という男性。彼は地元の農業センターに勤める公務員で、カフェと有機栽培農家との間に入ってくれています。奈穂は涼介に好意を寄せているものの、そのままの関係性でいたい奈穂。ゆったりと時間が過ぎていきます。

その日の昼過ぎ、涼介は友人であり先輩の井村という男性を連れてランチに訪れます。農林水産省のお役人である井村は地産地消のプロジェクトの一環として、こちらにきていたのでした。和気あいあいとすすむランチ、デザートは少し早い苺を使った「泡雪羹」。そこから井村の過去の淡く、甘酸っぱい思い出が紐解かれ…。

1冊の中でもダントツでおいしそうなものがたくさん出てくるこちらの物語。私は泡雪羹をいただいたことがないのですけれど、機会に巡り合えたなら「ババロアより男前な口どけね」なんて言ってみたいものです。

それにしても北国のカフェ…憧れる!昨年見た『しあわせのパン』という映画であったり、この間みた『かもめ食堂』という映画であったり、こういうカフェが舞台となった作品ってたまりませんよね❀近々『食堂カタツムリ』を読む予定です。

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この「融雪」は柴田よしきさんの著書『風のベーコンサンド 高原カフェ日誌』と続刊である『草原のコック・オー・ヴァン』が舞台なのかな?と思います。これはこちらも読んでみたいですね❀

「糖質な彼女」木地雅映子さん

6つ目は「糖質な彼女」。

人間付き合いがうまくいかず、大学に通うことができなくなってしまった主人公。昼夜逆転生活を送っていることを心配した母親が、半ば強引に連れてきたのは精神科の「ひきこもり相談室」。しかし主治医の先生は、2人になった瞬間に自分を罵倒してくるし、自分が好きなアイドルとの写真を見せびらかしてくるし。もう周囲のいろんなものが彼を貶めているような状況。イライラがつのって、つい母親を一人おいて、病院内を飛び出すも結局は迷子になる始末…。たどり着いたのは、見渡す限り人影のない、古い中庭のような場所。どうしたものかと思っていると、彼に一人の少女が声をかける。少女につれられてやってきた場所、そこは病院内の就労継続支援事業部。そこでは和菓子を作っているようで…。

和菓子といっても今回、題材となっているのは和菓子の制作について。どのよにして和菓子をつくるのか、そしてその作られた和菓子にどのように自分を反映するか。一見軽やかなお話のなかでもナイーブなテーマが詰め込まれていて、まるで求肥に包まれた餡のように食べてみないとわからないものでした。

ちょっと脱線しますけれど、私も和菓子をつくる体験をしてみたいなと思っておりまして。調べてみるとそういう体験教室もやっているようです。いつか体験することができたら、こちらでも報告できればと思います。

「時じくの実の宮古へ」小川一水さん

舞台となるのは未来の日本。そこは温暖化の影響で、生態系が激変し、まるで亜熱帯地方のような樹木や動植物が日本に生息しています。日本はどんどんと北上し、ところどころにゲーテッドシティはあるものの、それ以外の場所といえばマングローブや砂糖きびや葛といった緑に覆われています。

そんな日本で旅をする工次と父親。父親は仕事に誠実な和菓子職人でした。和菓子の「和」とは日本のことですが、その日本とは?それを表すお菓子とは一体なになのか?考えに考え抜いた結果、二人は「おかしの宮古」という場所を求めて、東北から南下し、旅をしてきました。

「なぁ工次。よく効く薬って、どんな薬だと思う?」

「薬?」工次は面食らって考える。「そりゃあ、苦い薬じゃないの。良薬は口に苦しっていうし…」

「そう思うよな。だが聞けよ、こんな話がある。むかぁしむかし、垂仁天皇に仕えた田道間守というおっさんが、病気になった天皇のために薬を取りにいった。死者の国への遠い旅だ。十年かけておっさんが取ってきたのは非時香果(ときじくのかくのみ)っつう、果物だったそうだ。…甘い甘い、菓子だったんだよ。これがお菓子ってものの起こりだとされる」

「それは…?」

話の意味を汲み取りかねて、工次は父の顔を見上げる。歌詞は景色を表す、甘いもの。それは当たり前すぎて、答えとして飲み込むには歯ごたえが足りない。

父は何も言わない。

「…それが、宮古のうまいお菓子なの?」

チョコが不思議そうに聞くと、父はあるといいなあ、と笑った。

(P250より引用)

道中増えるチョコとの3人の旅路の物語。

和菓子というモチーフからここまで壮大な物語が紡げるのか…!と、とてもびっくりいたしました。面白いと思ったのはもちろんですが、続きが読みたい!これで1冊読みたい!という作品でした。SFってあまり読んだことがないのですけれど、他の作品も気になるところです。

ところで先ほど引用であげた非時香果。一説によると、橘の実であったとされているそうで。以外と身近なものでこれまたびっくりしました。柑橘類があまり得意ではない私は橘の実も食べたことがないのですけれど『時を選ばず(非時)香る果物』って言われるととても気になるところ。いったいどんな香りがするんでしょう。

(以下URLより参照)

非時香果(ときじくのかぐのこのみ)bizenya.co.jp

「古入道きたりて」恒川光太郎さん

とある男性が体験した不思議な体験。釣りをしに山奥に入るも、大雨にふられて困っていると一軒の家を見つけます。そこで雨宿りをしていると家主の老婆の勧めでそのまま泊っていくことに。老婆によると、大昔から夏の満月の夜には「古入道」という幻や幽霊の類のなにかが現れるというのです。そして夜中に目を覚ました彼は、その古入道を目にするのでした。翌朝、老婆に古入道について質問するも、そういうものだという回答しか得られない。

「そりゃあ、もう、古入道っちゅうことくらいしかいえませんわ。すんませんけど、無学なもんでねえ。空に虹がかかるとか、春に桜が咲いたりってのと同じようなものなんです。夏の満月の夜には古入道が通過するんですわ。大昔からそうなんですわ」

(P276-277より引用)

ひとしきり古入道のことを話すと老婆は膳を運んでくる。そこには緑茶とおはぎが乗っている。

「夜船でございます」

「夜船というのは」

「牡丹餅のことを、おはぎといいますな?牡丹餅を、おはぎというのは、本当は秋だけなんです。牡丹餅いうんは、季節によって名前を変えるんです。春は牡丹餅。秋はおはぎ、夏は、夜船というんだって、わたしなんか、教わりましたがね」

「そうなんですか」

そんな話を、彼はとある男性にするのでした。そこで食べた夜船が人生で一番うまかった甘味だと…。

薄ぼんやりとホラーなのですが、全然後味の悪いものではなくて。例えば神様のお話を聞いて怖いと思わないように、『もののけ姫』という映画に出てくるシシ神様や、山犬たちに恐怖を抱かないように、うっすら、しっとりとした気配を楽しむことができました。ファンタジーが好きな人であれば、好まれるお味じゃないかしらん?と思います。個人的にはすごい好きです。

そういえば「夜船」についてですが、お恥ずかしながら存じ上げませんで。創作なのかと思い調べてみたのですが、なんと夏は「夜船」、冬は「北窓」というのですね。勉強になります。(下記URLより引用)

先日、いただいたのは牡丹餅。夏・秋・冬…と移り行く名前も含めて楽しみたいと思います。

hyoto.jp

こういうちょっとした知識をGETできるのもうれしいですね❀

「しりとり」北村薫さん

編集者の一人である向井美奈子さんと「わたし」の物語。向井さんの夫が最期にのこした不思議な俳句。その意味を探るのがメインとなるお話で、キーになるのは「黄身しぐれ」という和菓子です。

まるで実話のような、エッセイのようなそんなお話でどんどんと引き込まれてしまいました。和菓子の登場がまったく無理やりじゃないんです。こじつけ感が皆無なんです。「和菓子をモチーフとした物語ですか…そういえば以前、こんなことがありましてね」みたいな前置きが見えるくらい、すんなりと物語に入り込んでしまって自分でもびっくりです。

そういえば北村薫さんの著書が夫の本棚にあったと思いますので、今度借りて読んでみようかと思います。

「甘き織姫」畠中恵さん

ラストを飾るのは「甘き織姫」。

こちらも和菓子を絡めた謎解きのお話。伊藤はある日、新婚の若くて可愛らしくて料理の上手な妻と共に、自宅マンションで友人3人を迎えます。彼らは大学時代からの親友です。伊藤が彼らを読んだのには理由がありました。先日、御岳という同窓生から突然電話があったのですが、困ったことに無理難題を押し付けられてしまったのです。

御岳は顔だちもスタイルも抜群で家柄も裕福、おまけに頭脳も明晰、そして裏表のない性格で悪い人ではありません。けれど、ちょっと変わったオタク気質のある男性でした。そして御岳と友人達も、大学生で同じサークルで交流がありましたが、卒業して以来は年賀状だけの付き合いになってしまっていたのです。

御岳は好意を寄せる女性がいて、とある和菓子を送ります。そして、返事としてさらに和菓子が送られてきたのですが、その意味がわからないというのです。いったいどういった意味が込められているのか、伊藤に解明してほしいというのでした…。

『和菓子のアン』と同様の謎解きでありながら、また違った持ち味と言いますか、可愛らしいほのぼのとした世界観を楽しめる作品でした。御岳君のキャラクターがとてもよくって好きです、あ、でも身近にいたらぶん殴っているかもしれませんけれど。

よもやま話

はてさて、すべてのお話に触れてみましたが結構な量になりました。私が書いた分量に差はありますが、それは内容的に深堀しづらかったりして短くなっただけで長短の優劣はありません。どの作品もとても楽しむことができました。

これがもし出会い系サイトであれば、私は1人を選ぶことができずに、ひどく困惑したことでしょう。どのお話も違った味わいがありますから、それぞれですよね。

『和菓子のアン』シリーズを読んでからより一層身近になった和菓子。もともと三日月を食べていたり、餡つくりをしていたので興味はありましたが、それがどんどん深まっていくのを感じます。でも全然底が見えないんですよ。和菓子って本当に奥深くって、これは長く長く付き合って、こんな和菓子があるんだ…あんな意味が込められているんだ、そんな逸話もあるんだ…と生涯知っていければと思います。

3巻である『アンと愛情』も読むためのスタンバイはOKです。それまでに他にも読む本があるので少し先になってしまいそうですけれど、それでも年内には読めたらと思っています。次はどんな和菓子と出会えるのか、楽しみですね❀