SIMPLE

シンプリストになりたいのです

本・和菓子のアン

久しぶりに小説を読みました❀

とても素敵な物語でしたので、ネタバレを含めつつ綴っていきたいと思います。

和菓子のアン あらすじと人物紹介

主人公は梅本杏子(通称アンちゃん)、十八歳

アンちゃんは身長150㎝に体重57㎏とちょっとだけぽっちゃりさん。それでも自分の体型と周囲から望まれるキャラクターを自覚しています。太っているからといじめられることもなく、友人にも恵まれそれなりの青春を過ごしてきました。

高校を卒業したものの、大学に進学するほど勉強が好きでもない。専門学校に行くほど好きなことも見つかっていない。だからといって就職っていうのもピンとこない。周りは「ピンとくる何か」を考える時間として大学に進学するんだよというけれど、大学にはお金がかかる。両親が毎日働いている姿をみていると、どうも無駄遣いをしているようで、そういう気にもなれません。だからせめてアルバイトをしながら「ピンとくる何か」を探したほうがいい、そう考えるアンちゃん。

アンちゃんが住んでいるのは東京。とはいえ、煌びやかな町ではなく、普通の人が普通に住んでいる古い町です。そんな町のいいところは、商店街が充実していること。ただ商店街ではあちらこちらで高齢化が進み、また後継者不足に悩まされているらしいのです。近所で生まれ育ったアンちゃんのような人材は商店街にとっては理想的で引く手あまた。けれど、どうしても商店街の人々の近すぎる距離感が合わず遠慮してしまう。

あれこれ悩みながらも月日が流れ5月に、さすがにやばいと内心焦るアンちゃん。そんなある日、都心のターミナル駅に林立するデパート「東京百貨店」の地下フロアにある「みつ屋」でアルバイト募集の紙を見つけます。洋菓子店のようなエプロンがフリフリとした制服は難しくても、「みつ屋」の制服は白いシャツに黒いエプロンと体型に問題なく着れそう。それに実はアンちゃんはちょっと男性が苦手。「みつ屋」には女性スタッフだけで男性の姿は見えません。そんなわけで、アンちゃんは「みつ屋」でアルバイトをすることになるのでした。

店長の椿さんはショートヘアがよく似合うスラリとした大人の女性。先輩アルバイトの桜井さんは、ミディアムヘアで可愛らしい感じの女の子。アンちゃんより ひと月前に入ったばかりの彼女はアンちゃんと同い年で大学生らしいです。

「みつ屋」は乾きもののおせんべいや落雁、日持ちのする羊羹に最中、どら焼きや大福、そして季節の上生菓子と多種多様なアイテムを販売しています。また月ごとの上生菓子があります上生菓子とはお茶の席で頂くような、形や色がとてもきれいなお菓子で、和菓子屋にとっての花形のような商品です。

アンちゃんからすると馴染みのない上生菓子や緊張からお客様への説明にまごついていたその時、ふいに後ろから助け舟が入ります。そこに立っていたのはすらすらとよどみなく商品の説明をする二十代の男性でした。整った顔立ちに、さりげなく遊ばせてある髪、スラリとした高身長。アンちゃんが一番苦手とするお洒落でスタイルの男性。

アンちゃんはフォローのお礼と挨拶をしますが、どうも彼の反応は冷たく言葉少なです。彼の名前は立花早太郎。「みつ屋」の社員で、職人希望ゆえに和菓子についてはとても詳しく、接客も上手ななんとも高スペック男子です

 

…とここまでが初期設定。ここからネタバレを含みます

 

穏やかな職場を求めて「みつ屋」で働き始めたはずが、なんとそこで働いていた面々は個性的な人ばかりだったのです。

まずスタイル抜群で品のある大人の女性である椿店長。実はバックヤードで株をするくらい賭け事が大好きで、おかしな噂に首を突っ込むのはもっと好き。好物は牛丼とビール。そして趣味は可愛い女の子をバイトに入れること。見た目こそ美しい女性だが、中身は”ただのおっさん”でした

つぎに可愛らしい女子大学生の桜井さんは元ヤンキーだった過去を持ちます

そして高スペック男子の立花さんはというと、心の中に乙女が住まう乙女系男子だったのです。一見するとゲイのようにも見えるが恋愛対象は女性だそう。本人曰く「なんか態度がそれっぽく見えちゃうけど、可愛いものが好きなだけでごく普通の男子だから」とのこと。アンちゃんの前で淡々としていたのは店先にいたことと、アンちゃんの前のアルバイトは立花さんの態度が気持ち悪いと言い残し辞めてしまったようで、それを気にして…のことでした。

さて、この面々でどうなることやら…?

個性的すぎる店長や同僚に囲まれる日々の中、歴史と遊び心に満ちた和菓子の奥深い魅力に目覚めていく。謎めいたお客さんたちの言動に秘められた意外な真相とは?読めば思わず和菓子屋さんに走りたくなる、美味しいお仕事ミステリー!

(表紙裏より引用)

ここからは各章ごとについて触れていきたいと思います。

第一章 和菓子のアン

第一章は五月から六月にかけての物語。

上生菓子は五月は端午の節句で『兜』、『薔薇』、『おとし文』。

五月のとある日。一人のOLっぽい女性が「みつ屋」にやってきます。彼女は封筒を手に、上生菓子を合計十個…一種類だと寂しいから複数の種類で…とケースを見つめています。そんな彼女の様子を見て椿店長は『薔薇』以外の、『兜』と『おとし文』の二種類を提案します。OLさんもそれを見ていたアンちゃんも、椿店長の提案に不思議に思います。なんと椿店長はOLさんの言動やふるまいから、上生菓子を食べる人物が年齢を召された男性であると推理し、『薔薇』は可愛らしすぎると判断したのでした。見事椿店長の推理は命中。OLさんの上司は茶道を嗜む人ということで、また来店すると言い残し帰っていきました。

そして五月最後の日。開店早々に再びOLさんは現れます。随分と急いでいるようで息を切らせています。彼女は『おとし文』を1つ と『兜』を9つ購入して足早に去っていきました。そんな様子を不思議に思う面々。どうしてバランスの悪い1つと9つなのでしょう。そんな疑問を残しつつも、結局はそのまま翌日へと持ち越しとなりました。

翌六月一日。季節の上生菓子が入れ替わる日。六月の上生菓子は『青梅』、『紫陽花』、『水無月』。

そしてその日の12時過ぎ、OLさんが三度目の来店。今日も少し慌てているようです。なんでもランチのデザートとして使いたいとのこと。店長は彼女を見て「『水無月』をお探しですか?」と尋ねます。これまた大正解で、OLさんは9つの水無月を購入します。急ぎながらも彼女は店長にどうしてわかったのかを訪ねます。椿店長はこれまでの経緯から「半年ぶりの厄払いが終わったんですよね?」と言い、さらに「きっとこれから、よくなりますよ」と続けるのでした。

 

第一章は『兜』、『おとし文』、『水無月』の3つの上生菓子が物語のキーとなります。巻いた葉とそれにとまる露を模したという『おとし文』にはどんな意味を持っていたのでしょう。

「『おとし文』は、確か虫が落とした葉っぱを手紙に見立てたものですよね」

すると椿店長は何を思ったか、レジの下から小さめの国語辞典を引っ張り出した。なんでも、たまに難しい言葉をのし紙に頼まれたりするから辞書は必要なのだという。

(中略)

『落とし文―廊下や道端などにわざとそっと落としておく無記名の文書で、公然では言えないことを書いたもの』

(本書 P70)より引用

次に『水無月』。水無月はもともと京都や関西地方での習慣です。

「一年は十二ヵ月。そうするとここは、ちょうど折り返し地点。そこで昔の人は『氷の節句』という日を設けて、無事に過ごせた半年の厄を払い、これから半年の無事を祈ってこのお菓子を食べたのよ。もとになったシンジの名前は夏越祓で旧暦の六月一日、現代では六月三十日がその行事日に当たるわ」

桃の節句とか端午の節句は知っていたけど、氷の節句なんてものがあったとは。

「でも、なんで氷なんですか?暑いから?」

「ええ。実際、偉い人たちは暑気払いに本物の氷を口にしたそうよ。けれど冷蔵庫なんてない時代だったから、一般の人々は氷を模したお菓子で無病息災を願ったの」

「ちなみに三角形はわれた氷のモチーフ、そして上の小豆は赤い色が魔除けになるということで必ず載せられるそうです」

(本書 P62から引用)

はてさて。いったいこの和菓子と数がどういった意味を持っていたのか。それは読んでみてのお楽しみです。個人的には恋愛のお話なのかしらん?と思っていたら、そうではなくびっくりでした。

第二章 一年に一度のデート

第二章は七月から八月の物語。七月の上生菓子は『星合』、『夏みかん』、『百合』。

デパートではお中元商戦とお盆休みでとんでもないにぎわいを見せる頃。ちょっとぽっちゃりなアンちゃんにとっては露出は増えるし、汗で化粧が崩れてしまい悩ましい季節です。どうせ崩れてしまうならとノーメイクで出勤したところ、椿店長に嗜められてしまいます。

「こってりとしたメイクをしろとは言わないわ。でもデパートの店員である以上、お客様に対する礼儀として最低限のお化粧は必要なの。だから唇くらいは常に塗っておいてほしいの。わかってもらえるかしら」

「はい」

(本書 P100より引用)

理屈はわかるけど、少しだけ納得ができないアンちゃん。化粧をしていない方が清潔のように感じます。それにどうして女だからと化粧をしなければならないのでしょう?男性職員は何もしていないのに。

そして開店時間。早々に大学生くらいの女の子がやってきます。七夕のお菓子を探しているようです。アンちゃんは上生菓子の「星合」を紹介します。黒い生地に透明な寒天が流され、暗い色の中にぽつりと鳥が浮かんでいるという地味な上生菓子は七夕とはかけ離れているよう。

「まず、この黒いのは夜空です。星が浮かんでいないのは、まだ天の川が見えないから。そしてこの鳥はカササギ。織姫と彦星が合うためには、カササギが橋を架けてあげなければいけません」

うんうん、と彼女はうなずいてくれた。

「なのでこのカササギは、これから橋を架けに行く途中なんです」

「ああ、そういう意味なのね。最初は地味だと思ったけど、理由を聞くとすごくロマンチック!」

ちなみに星と星が出会うことから、七夕は星合とも呼ばれるんですよ。そう説明すると、彼女は指を二本立てた。

(本書 P102より引用)

「北海道や仙台など、旧暦で七夕をする地方も多いですね。当店では双方に対応できるよう、来月も七夕のお菓子をご用意しております」

(本書 P103より引用)

旧暦を気にする女の子に立花さんは来月も七夕のお菓子があることを伝えます。女の子は『星合』を二つ購入し、また来月も来ると言い残して帰っていきました。

そして次にやってきたのは 枯れた黄色のサマーセーターと白いスカートがよく似合う、かわいらしいおばあちゃんでした。お中元の水ようかんと、自宅用の上生菓子として『百合』と『夏みかん』、そして『松風』を購入してきます。

それからお中元シーズン真っ盛りと繁忙期。ガラの悪い迷惑な客を桜井さんに助けられ何とかこなしつつも七月を駆け抜け、八月初旬。今度は夏休みがやってきます。八月の上生菓子は『清流』、『鵲(カササギ)』、『蓮』。

七月の七夕に宣言した通り『星合』を購入した女の子が「みつ屋」にやってきました。

『鵲』は白いういろう餡の上に、鳥と星の焼き印が水墨画のようにつけられた地味ながら格好の良いお菓子だ。

「こちらが『鵲』。今度は、橋を架けて織姫と彦星を無事に会わせることが出来た後、一休みしているカササギの姿を表しています」

「この二つの星は、出会った後の二人なのね」

「はい。今年のみつ屋は七夕の直前と直後をお菓子にしているんです」

(本書 P123より引用)

彼女は『鵲』を購入しようとしますが、なんと移動に6時間もかかる場所に持っていくとのこと。もともと冷蔵庫のない時代にうまれた和菓子は腐りにくいです。とはいえ、八月の炎天下に6時間となると良い状態で食べるのは難しい。ドライアイスを入れてしのごうとする立花さんに、椿店長はある理由から保冷剤をすすめるのでした。

「八月のお菓子を教えてもらったとき、これだって思いました。来年もまた会いたいって気持ちを伝えるには、ぴったりかなって」

(本書 P127より引用)

このある理由は読んでからのお楽しみということで…。なんともキュンキュンするエピソードです。

さらに旧暦の七夕を過ぎた頃。先月お中元を申し込んだかわいらしいおばあちゃん、杉山様がやってきます。あの日以来、一週間に一度のペースで来店しています。杉山様はいつも黄色と白、もしくはみどりと白の色合わせの洋服を着ています。今日は白いブラウスにモスグリーンのスカートです。そして杉山様はいつも上生菓子のを2つと『松風』を1つ購入していかれます。しかし今日は、上生菓子の『蓮』を3つと『松風』を1つ購入するというのです。

『松風』はちょっとカステラに似た焼き菓子で、表面に黒胡麻が振ってある。店によってはカリカリに焼いた甘いおせんべいみたいなものだったり、味噌を焼き込んだ『味噌松風』だったりするらしいが、みつ屋のはしっとりねっちりした食べ応えのある和風のケーキだ。

(本書 P131より引用)

椿店長は杉山様の隣に立ち、に今日は『松風』を買う必要はないのではと伝えます。いつもの御召し物と、その日の注文からあることに気が付いたからでした。そしてその話を聞いて杉山様は注文を『松風』から『鵲』へと変更するのでした。

黄色と白、そして緑と白の組み合わせは和菓子の世界では不祝儀の色です。不祝儀とは、不吉なことやめでたくないことを指します。そして8月。もうなんとなくわかりますよね。

『松風』の名前の由来を読む。

『語源は、「松の音ばかりで浦(裏)がさびしい」という風情からきている。表面に芥子の実や黒胡麻を散らし、裏側には何もないことから、連想されたのだろう』松風ばかりで、裏が寂しい。私はそれを端折って発音してみた。

「まつばかりで、さびしい」

(本書 P137より引用)

この辺りから椿店長の秘密にも触れる展開が…。ここはもう切なくて切なくて…。

第三章 萩と牡丹

第三章は九月から十月の物語。九月の上生菓子は『光琳菊』、『跳ね月』、『松露』とどれも秋らしいものでした。

そんなある日、アンちゃんはとあるお客様の姿に硬直することになります。年の頃は五十代~六十代、髪の毛は坊主一歩手前の短さで刈ってあり、ここは地下だというのにサングラスをかけ、さらには丸首のセーターには虎が吠え、龍が火を噴いているのです。

この人、絶対ヤのつく人だ。

(本書 P166より引用)

アンちゃんは力いっぱいの笑顔で接客をしますが、どうも反応がよろしくありません。それでも負けずに、あくまで冷静に変に緊張することなく、正しい手順を踏んでいけば大丈夫と自分に言い聞かせます。しかし彼は商品に対して どうせ売り物にならないと言い、さらには「腹切りだ」と言って、去って行ってしまいました。

しばらくして出勤してきた立花さんに連絡事項を伝えます。今年の秋のフェアは商品に物語をもたせるというものでした。それに対して立花さんはススキのお菓子を推すと言います。

ススキといえば、お月見、やはり乙女的には「ウサギとペアで」、ってことなんだろうか。私がたずねると、立花さんは首を横に振った。

「ススキをイメージしたお菓子はね、『嵯峨野』って呼ばれることがあるんだ。それは昔、京都の嵯峨野が秋草の美しいところとして知られてたからなんだけどね」

「ああ、それで」

私がうなずくと、立花さんは片手を上げて制する。

「それだけじゃ全然物語が足りないでしょ。秋草が名物の嵯峨野は、その美しさから貴族の別荘地になっていたわけ。で、『源氏物語』の中に出てくる六条御息所が源氏への嫉妬から奥さんの葵の上を死なせちゃった後、後悔して身を清めようとするのが嵯峨野にある宮なんだよ」

(本書 P171-172より引用)

たった数センチのお菓子にそんな物語が詰まっているのです。

「これは僕が修行してた店の師匠が言ってたことなんだけど、和菓子は俳句と似てるんだ」

「俳句?」

「そう。俳句は短い言葉でできた詩の中から、無限の広がりを感じることができる。でも知識がなくても言葉の綺麗さは伝わるし、知識があったらその楽しさはもっと広がる。ね、似てるでしょ?」

たとえばススキのお菓子は私から見ても綺麗でおいしいけど、その由来を知ったら、心の中に嵯峨野を見ることができる。

「しかも季語があったり、言葉遊びがあるところなんかもそっくり。今風に言うなら、物語を呼び起こすキーって感じなのかな」

「すごい。本当に似てますね」

手のひらに載るほどの小さなお菓子。でもその意匠に隠された拝啓を知ることで、次々に扉が開かれる。知りたい。私も目の前に開ける物語を自分で味わってみたい。不意にそんな欲求が自分の中にせり上がってきた。古典や歴史が死ぬほど苦手だった私だけど、今なら勉強してもいいかなと思う。

だってきっと、知ることで和菓子はもっともっとおいしくなる。

(本書 P173-174より引用)

個人的には一番推したいのがここの件です。どんなジャンルにもこれは言えて、知らなくても楽しい、知るともっと楽しいというのは私からするととてもキラキラしていて無限の可能性のようなものを感じます。和菓子にもそれを見ることができてうれしかったのです。

そして翌日。あんなに商品のことを悪く言っていたというのに、再び失礼なお客様はやってきました。なんとアンちゃんはそのお客様に気に入られてしまったというのです。心から残念に思いつつも、笑顔の仮面をかぶって接客します。しかしお客様はというと笑いながら意味のわからない言葉を連発し、店にはおいていない商品のことを言ってきたり、花札を見せてきたりとアンちゃんをからかいます。

「うまく半殺しになってるといいな、姉ちゃん」

(本書 P184より引用)

アンちゃんの頑張りもむなしく、最終的にはとても物騒な言葉を残して去っていくのでした。ヤのつく人に目を付けられてしまったとひどくおびえるアンちゃん。心配した桜井さんは椿店長に相談するように言います。アンちゃんはバックヤードで椿店長と立花さんに最初からの経緯を思い出せるだけ説明します。すると立花さんの眉間にはどんどんと皺がより、事情を把握した椿店長は笑い出してしまうのでした。

「梅本さん、大丈夫よ!その男性、絶対あなたに暴力なんてふるわないから!」

「はい?」

うんうん、大丈夫。そう言いながら店長は私の背中をばんばん叩く。

「だってその人、和菓子職人だもの!」

(本書 P188より引用)

なんとお客様が言っていた「腹切り」も「半殺し」もその他の言葉も料理で用いる言葉だったのです。そして花札も和菓子を連想させるものでした。

ヤのつく人ではなかったと一安心するも、どうして和菓子職人がそんなことをしたのか…?という疑問が残ります。椿店長が一応本社に報告しようとしますが、立花さんはそれを引き留めます。なんと、その失礼なお客様は、立花さんの師匠だったのです。

三章は比較的わかりやすいなぞなぞのような感じで読んでいてとても楽しかったです。はてさて、立花さんのお師匠さんはどうしてこんなことをしたんでしょう?そしてアンちゃんはこの後どうするでしょう?読んでからのお楽しみですね。

第四章 甘露家

第四章は十二月にかけての物語。

大学生の桜井さんはテストやサークルでとても忙しくなる時期でシフトに欠員が出てしまいます。アンちゃんはこれまで早番をメインにシフトに入っていましたが、遅番にも入るようになりました。

そして十二月といえばクリスマス。いつにも増して混雑する洋菓子店が気になってしまいます。和菓子店ではあんなに大行列ができることはありません。洋菓子にあって和菓子にないものってなんだろう?そんな疑問を椿店長にぶつけてみることにしました。

「輸送の発達した現代では、和と洋の間に垣根なんてないに等しいわ。ケーキ職人が抹茶のお菓子を作り、和菓子職人がチョコレート菓子をつくる。まさにボーダーレスね」

そう言われれば、このフロアにも生クリームを入れたどら焼きや、チョコレート大福みたいな和洋折衷ものを扱うお店は多い。私がうなずくと、椿店長はさらに続けた。

「そんな中で生き抜くために、お菓子業界の人はよりウケる、より新しいお菓子をいつも模索しているの。そして今の流行は口どけがよく、クリーミーなお菓子というわけ」

「えーと…。それはつまり、和菓子が不人気なんじゃなくて、洋でも和でもない『流行りのお菓子』があるってことなんでしょうか」

私がそう答えると、店長は軽く手を叩く。

「よくできました」

(本書 P233より引用)

午後の時間は穏やかに過ぎていきます。早番だった桜井さんは「五時からは、ときどき戦場がくるよ」と言い残して帰っていきました。そして五時。四時五十五分までの空気がガラリと変わり、和菓子のコーナーにも多くの人が訪れます。そして客層も売れる商品も昼とは違い、大ぶりで大衆的な団子や最中などが飛ぶように売れていくのでした。そして八時、閉店。ショーケースの中に残っているのはあんこのお団子が三つだけでした。

椿店長は前日の夕方に次の日の天候や売り上げを予想し、できるだけロスが出ないように発注しているようでした。そんな話をしていると、通路の方から誰かが声をかけてきました。エプロン姿の小柄なおばさんは楠田さん。『お酒売り場の生き字引』というあだ名がついているくらいの名物社員で、一見すると怖そうに見えるが面倒見のいいひとだそうです。

そして次の日、たまたま休憩時間に社員食堂でアンちゃんは楠田さんと一緒になります。座席の関係で相席になったのでポツポツと会話することになったのです。そんななか、楠田さんと椿店長の話になりました。そして楠田さんはあの人はなかなかのもんだと賞賛します。それは椿店長が『ロスを出さない店長』だからだといいます。売るだけなら大量に派手なセールや安売りをすればいい。そうではなく、適正な数を仕入れ、その分を販売しきる。それが大切なのだと。

「あの人は、いかに最小限のロスで切り盛りするかを常に考えてる。自分とこの商品を、ひいては食べ物を大切にしてるんだよ」

(本書 P257より引用)

閉店後。「火事じゃない?」という言葉とともに、かすかに何かが焦げたような臭いが鼻をかすめました。ちょっとしたボヤ騒ぎがあったようです。アンちゃんは消火活動を手伝います。立花さんはボヤとはいえ火事に遭遇したことで、怖くて落ち着かないと言ってアンちゃんを食事に半ば強引に誘うのでした。

デパートの地下フロアには当然、和菓子店以外のお菓子屋さんも軒を連ねています。ふと洋菓子店の「金の林檎」のスタッフが商品を箱に詰めているのが目に入ります。クリスマスが近いから自宅用に持ち帰るのかな、ちょっとうらやましいなとアンちゃんは思います。スタッフ用のロッカーで着替えをしていると先ほどのスタッフがいたので、挨拶がてら声をかけました。そしてケーキを持ち帰るという話の流れから、彼女は「私は買ってません。それにほしくもない。兄ですよ」といってそそくさと帰っていってしまったのでした。

金の林檎のスタッフはどうしてそそくさと帰って行ってしまったのでしょう?第四章は食品を取り扱う業界の闇…とまでは言わないかもしれませんが、そういった業界での問題や葛藤が描かれていてとても勉強になる話でした。

アンちゃんと立花さんの距離感が少しずつ変化していくのもとても見どころなのではないでしょうか❀

「洋菓子と和菓子の違いを思い出したから、言っておくわ。それは、とても単純なこと。この国の歴史よ。この国の気候や湿度に合わせ、この国で採れる物を使い、この国の人びとの冠婚葬祭を彩る。それが和菓子の役目」

この間は言うのを忘れちゃって、と椿店長は笑う。

「冠婚葬祭…」

おめでたいときには、細工物の砂糖菓子や紅白のお饅頭。悲しい時には葬式饅頭。お仏壇に供えるのは、洋菓子よりも保存のきく干菓子や最中。

「この国の風土に根ざしているからこそ、和菓子は上生菓子でさえ常温保存が基本なんですよ。ま、今は保湿もできるから冷蔵ケースを使うところも多いですけどね。」

それにゼリーは夏に溶けちゃうけど、寒天は溶けないでしょう?隣で立花さんが得意げに言った。

(本書 P298-299より引用)

洋菓子、和菓子どちらか…ではなくてどちらも好きで、どちらも結構いただく私。ですがいわれてみれば、洋菓子は普段使いで、和菓子は季節に沿ったものを頂くなぁとふと思いました。

和菓子職人って、なんて自由なんだろう。和洋折衷なんて枠を超えて、この国に広まっているものをモチーフとして生かす。そして現在ある材料を生かして、おいしいお菓子を作る。柿があれば柿を使い、苺があれば苺を使う、ただそれだけ。

和菓子は自由で美味しくて、人生に色を添える。きっと外国にもその国なりのお菓子があって、様々な局面でテーブルを彩っているんだろうな。

(本書 P301より引用)

第五章 辻占の行方

新年を迎えて、1月。五章では辻占を中心に物語が展開されます。

軽くてぽこっと膨らんだ袋を開けると、中にはお菓子が一つと紐の結ばれた五円玉が入っている。

「これって、フォーチュンクッキーですか」

円形の生地をくしゃりと二つ折りにした焼き菓子。これは確か、中華料理屋さんで見たことがある。

「当たりだけど外れ。フォーチュンクッキーは、もともと『辻占』という名前の和菓子なのよ」

「あ、そうなんですか」

「大正時代に日系人が『辻占』をもとに作ったのがフォーチュンクッキーだと言われているわ」

逆輸入みたいに思われがちだけど、こっちが元祖なのよ。

(本書 P313より引用)

ちなみに店長によると、『辻占』というのはもともと、占いの紙そのものを指した言葉らしい。それを煎餅に包んだものが、そのまま同じ名前になった。昔は花街などを中心に売られていたせいか、内容は色恋にまつわるものが主だったそうだが、近年は誰が買ってもいいような占いに変化しているのだという。

(本書 P313-314より引用)

若い女性が購入した辻占をもって「みつ屋」にやってきます。なんでも、占いの意味を教えてほしいというのです。占いに書かれている昔の言葉づかいで書かれたものがわかりにくいのかと思いきや、紙に書かれていたのはイラストでした。ですが、「みつ屋」で販売された辻占にはイラストは経費の関係で使われていません。袋も賞味期限のシールも焼き菓子も「みつ屋」のものですが、何故か占いの用紙だけ異なるのです。そこから「みつ屋」の面々はその理由と、そのイラストの意味を解明していくのでした。

こうしてお店に出て、短い間ながらも私は色々な人の顔を見てきた。そんな中、和菓子は人生の様々な局面に寄り添うということも知った。喜びの席に、悲しみの席。

(嬉しいことばっかりなら、悩まないんだろうけど)

和菓子の意味を知り、隠された意味について考えるのは楽しい。でも、だからといってお客様の事情にどこまで踏み込んでいいのかはとても微妙な問題だ。

(本書 P378より引用)

全ての不思議を解き明かすだけが必要なのではなくて、解き明かしてもそれを打ち明けないこと、打ち明け方に工夫することも必要と学んだアンちゃん。さらに最終章では第二章でふれた椿店長の過去についても大きく話が動くのでした。

おまけ

一章ごとにしっかりとお話がまとまっているので、読後感もすっきりしていて、まるで5つの和菓子を食べ終えたような感覚でした。どれもおいしゅうございました。

和菓子といえば、個人的にお気に入りなのが「水無月」です。関西出身の私ですが、大人になるまで和菓子とそこまで近しい間柄ではありませんでしたので、水無月のことを知らなかったのです。それが数年前に小説のなかで水無月のことをしりました。ちょうど時期的にも購入することができる時期でしたので、最寄りの和菓子屋さんで購入していただきました。

ぷるぷるとした表面から透ける餡子がとても美しくて、本当に氷のようだったんです。餡の控えめな甘みもちょうどよくて。皿に1つ盛られた水無月に歴史があって、見た目も美しいから芸術でもあって、小説に出てきたことがきっかけですから、私の中では文学でもあって。今でも印象に残っている和菓子です。

人生で初めて、男性から手を握られて望まれた日。私はあらためて和菓子の勉強をしようと心に誓った。だって『源氏物語』の登場人物とおなじお菓子を今でも食べられるなんて、すごいことだよね。

ずっとずっと昔から、時間は途切れなく続いている。その時間の別名を、歴史という。だとすると、いつか私だって自動的に歴史の一部となる。本には残らない名もなき人生だとは思うけど、食べることでお菓子を次の世代へ残していけたらいい。

名もなきおはぎはきっと、私のような人に支えられて歴史の波を越えてきたのだから。

(本書 P216-217より引用)

このわくわくが伝わると嬉しいな。なんにせよ上生菓子が食べたくなること間違いなしの物語でした❀