前回、坂木司さんの「和菓子のアン」という小説について綴りました。
今回はその続巻である「アンと青春」について、ネタバレを交えて綴っていきたいと思います。
和菓子のアン おさらい
主人公の梅本杏子(通称アンちゃん)はちょっとぽっちゃりな十八歳。高校卒業後、進学するほど勉強が好きでもなく、だからと就職するのもピンとこない。そこでアルバイトをしながらその「ピンとくる何か」を探すことに。
五月になり、たまたま立ち寄った都心のターミナル駅にある「東京百貨店」。地下フロアにはいくつもの食品店がありました。そこで和菓子屋「みつ屋」に出会います。そして無事アルバイトとしてみつ屋で働くことになったのです。
穏やかな職場を求めてみつ屋で働き始めたはずが、なんとそこで働いている面々は個性的な人ばかり!スタイル抜群で品のある女性である椿店長は、実は賭け事が大好きで、好きなものは牛丼とビールで、趣味は可愛い女の子をバイトに入れること…という、中身は”ただのおっさん”。先輩アルバイトのかわいらしい女子大学生の桜井さんは、元ヤンキーだった過去が。そしてスタイル抜群、仕事も完璧の高スペック男子立花さんは、心の中に乙女が住まう乙女系男子でした。
そんな個性的な面々とお仕事をする日々、アンちゃんはどんどんと和菓子の深い魅力にはまっていきます。小さな上生菓子1つに詰められた歴史や思い。謎めいたお客さんの言動や行動に隠された意味をそれぞれ紐解いていくお仕事ミステリーです。
アンと青春 あらすじ
アンちゃんがデパ地下の和菓子店「みつ屋」で働き始めて八か月。販売の仕事には慣れてきたけど、和菓子についてはまだまだ知らないことばかりだ。でも、だからこそ学べることもたくさんある。みつ屋の個性的な仲間に囲まれながら、つまずいたり悩んだりの成長の日々は続きます。
今回もふんだんのあんことたっぷりの謎をご用意。待ちに待ったシリーズ第二弾!
(裏表紙から引用)
次からは各章ごとのお話に触れていきましょう。
第一章 空の春告鳥
第一章は一月から二月にかけての物語です。
お正月の賑わいが落ち着いた一月中旬、アンちゃんはお母さんに誘われ『全国駅弁大会』というイベントへ。普段働いている東京百貨店とはまた違った系列のデパートの催事を楽しんでいるようです。
デパートの催事場はとても広く、駅弁フェア以外にも『新春・和菓子フェア』が開催されていました。そこで『金沢和菓子・柿一』というお菓子屋さんに目が留まります。和菓子らしからぬ、白を基調にしたモダンなデザイン。若い女性へのプレゼントに最適なお店のようです。何か買ってみようとショーケースを眺めますが、どうも先客がクレーマーのようで、店員さんにネチネチと絡んでいるのでした。店員の若い男性も謝り続けていて、見ているこちらまでつらくなってきます。
「ったく、いつまでこんな飴細工の鳥を置いておくつもりなんだか」
(本書 P15より引用)
そしてクレーマーの男性はそう吐き捨てて去っていくのでした。
その後、アンちゃんは商品を購入しますが、中身確認もされずに包装された箱には紐がゆるゆる、包装紙もずれた状態でした。クレーマーは確かに不快です。けれど店員さんにも問題があったことにアンちゃんは気が付きます。店員さんの笑顔は悪くありませんが、少しがっかりとした気分です。
そして帰宅して夕食後に購入した上生菓子を食べることにしたアンちゃん。味は無難というか、あまりピンときません。パッケージやお菓子そのものが素敵だからこそ、残念さが際立ちます。
そういえば、クレーマーが言っていた”飴細工の鳥”とはどういう意味なんだろう?と不思議に思います。お店には飴細工は置いていなかったのです。そこでアンちゃんは次の出勤日に椿店長に相談してみることにしました。
出勤して椿店長、そして立花さんに事情を説明します。そして”飴細工の鳥”の意味を立花さんが見つけてくれました。
「『飴細工の鳥』は、ことわざや慣用句のような言葉でした」
「もともと、私が記憶していたのは人形浄瑠璃の中の台詞だったのですが、それを今、インターネットで検索してみたら、慣用句のような使われ方をしているのが分かったんです」
(本書 P25より引用)
「…ちなみにその台詞は、『見かけばかりで甘みのない、飴細工の鳥じゃ』というものでした」
言いながら、立花さんはエプロンのポケットから小さなメモを取り出す。
「劇の台詞では『甘み』と書いてありますが、もとの言葉では『見かけばかりで中身が伴わない、空っぽなもの』という意味だそうです。また『飴細工』だけだと『見た目だけ似ている偽物』という意味もあるようですね」
「見かけばかりで…」
そうつぶやいた瞬間、どきりとする。その言葉が、あの店のお菓子と店員さん、両方に当てはまることに気がついたのだ。包装のデザインが綺麗だけど、味はそこまででもないお菓子。笑顔と愛想はいいけど、技術的に問題のある店員さん。
(本書 P27より引用)
そして思う。私は今、このお店の制服を着て、それらしく和菓子の説明なんかしてるけど、それは見かけだけのことだ。なぜなら私の知識は店長や立花さんのように、専門分野や文学による裏付けなんてないから。ただ、教えられたことを鵜呑みにして、喋っているだけ。
「初釜の季節ですので、こちらが――」
飴細工の鳥は、私だ。
(本書 P28より引用)
バックヤードで休憩をしていると立花さんに中華街に行かないかと誘われます。突然のことにアンちゃんは驚きますが、ちょうど来週が旧正月で屋台や大道芸が出て、美味しいものがたくさんあるという言葉についついつられてしまうのでした。
そして中華街。立花さんは獅子舞をみて、日本と中国でちょっと違うのだと言います。
「でも、なんかちょっと悔しいですね」
「ん?なんで?」
「だって日本の文化って、結局もとを辿ったら中国に行き着くような気がして」
和菓子だって、唐菓子の影響なしには語ることができない。そもそも中華まんがあるからこそおまんじゅうだって生まれたわけで。
「全部あっちが元祖、って言われてるみたいで」
儒教も、漢字も、みんなみんなそう。近いから、文化が混じり合うのは当然だってことはわかってる。でも、じゃあオリジナリティってなんだろう?日本らしさって?
つぶやく私の目の前に、立花さんは両手を突き出す。そしてふわっと、子供がお遊戯でするようなチューリップの形を作った。
「包み込むこと」
「え?」
両手が、空気を優しく包む。
「僕が思う日本らしさは、包み込むこと。相手を尊重して、いいところはどんどん受け入れる。それもただ真似するんじゃなくて、自分たちなりのアレンジを加えて包む。それってすごく素直でのびやかな感覚だと思うんだけど、どうかな」
(本書 P33-34より引用)
日本はさまざまなものを受け入れてきた懐の深さがあります。立花さんはそういって微笑むのでした。
そしていくつかのお店をまわっていく中で二人は飴細工のお店を見つけます。そのお店は吹き飴のお店で、まるで風鈴を作るのと同じようにくるくると回しながら息を吹き込んで形作っていきます。その姿から、『飴細工の鳥』の語源が吹き飴であるのではないかということに気づくのでした。
さすがアンちゃん!立花さんの声に、私は首を横に振った。
「立花さんや椿店長の知己があってこその、答ですって」
だって私の中身は――そう、つぶやきかけたところで立花さんが私の頭に手を載せる。
「違うよ」
「え?」
「知識だけじゃだめ、それと目の前のものを結びつけることができなきゃ、それはただの情報。アンちゃんみたいに、自分で考えて答に近づいていくのがいいんだ」
ぽんぽん、と軽く撫でられた。鼻先をかすめる、温められた飴の香り。
「あ、ついでに僕も思いついたよ」
「何をですか?」
「『飴細工の鳥』っていう発言には、きっともう一つの意味があったと思うんだ」
ことわざのほかに、何が。そうたずねると、立花さんは微笑む。
「それを言った男は、きっと相手にアンちゃんみたいになってほしかったんだよ」
(本書 P38-39より引用)
きっと男性はアンちゃんのように自分で調べて答えを見つけてみろって言いたかったのではないだろうか。そんなふうに立花さんは答えます。
そしてアンちゃんは今は中身が空っぽでも、これから詰めていけばいいのかと、今年の抱負として心に誓うのでした。
第二章 女子の節句
第二章は女子の節句、ひな祭りをテーマにした二月から三月のお話。
バレンタイン商戦を乗り越えたアンちゃん。このころからアンちゃんは自分がアルバイトであるということに、ちょっとした葛藤を抱くようになりました。ただ社員になりたいのか?と言われると別にどっちでもいいしと自分の立ち位置や考えがまとまりません。そんな状況を打破すべく、なにかちょっと、変えたいような気がする。そんなわけで友人2人と京都へ旅に出ることになったのでした。
そしていざ京都。京都の圧倒的観光地感と都会さにちょっと一歩引いてしまうアンちゃん。これだと普段と大きくは変わりません。そして観光していくも、京都ならではの空気に打ちのめされる3人。それでも立花さんお勧めの和菓子を食べてみたり、観光地を巡ったりと京都を満喫していくのでした。
歴史上の人と、同じ風景を分かち合う。それはなんだか、すごく不思議な気分。でも私は、この感じに覚えがある。そう、和菓子だ。
『源氏物語』の中にでてくるお菓子を、今でも食べることができる。それは歴史上の人と同じ味を分かち合うこと。それに気づいたとき、私はようやく京都の魅力がわかった気がした。
きっとこの街は、和菓子と同じだ。見るだけでも楽しい。食べれば美味しい。でも、その意味を知ったら、もっともっと楽しい。知れば知るほど、面白くなる。京都は、和菓子に似ている。
(本書 P72-73より引用)
そんな風に京都を楽しんでいるのもつかの間、ちょっと面倒なおばさんにつかまってしまう3人。まるで嫌味を言うような発言をされるが、アンちゃんは持ち前の接客スキルで無事乗り越えるのでした。
そしてアンちゃんは、つい先日あった苦い思い出を思い出すのでした…。
正しい敬語を使うことが出来ずに、お客様を不快にさせてしまい、嗜められてしまったアンちゃん。その人が帰られてからしばらく、固まってしまいます。そんなアンちゃんに立花さんは声をかけ、事情を説明します。そこでアンちゃんはどこか期待してしまったのです。立花さんなら「大変だったね」「大丈夫」って励ましてくれると。でも実際はそうではありませんでした、立花さんは挽回するチャンスだとアンちゃんを鼓舞するのでした。
自分の感情だけで、ものごとをいい悪いに振り分けない。そういう視点が、私にはなかった。
(本書 P95より引用)
そこで自分が接客を舐めていたこと、プロの販売員としての自覚が足りないことを痛感するのでした。そして店員とお客様の正しい距離感についても考えることになるのでした。
そのお客さんとはもうひと悶着ありますが、それは読んでからのお楽しみ…ということで。お菓子が凶器にもなる…というお話ですが、そこから膨らんでいくお話がとても興味深かったです。
第三章 男子のセック
第三章は五月。
みつ屋の斜め向かいに新しい洋菓子屋さんが入りました。店名は「K」。中目黒に本店のある、焼き菓子が人気のお店のようです。なんでもすべてパティシエが対応していて、販売員もアルバイトも特別に雇うことはないんだそう。そしてパティシエは男性しかいない、そんなお店。
開店前にKのスタッフ二人がみつ屋に挨拶に来ます。店長は柘植さん、そしてもう一人は柏木さん。「味見してやってください」と言って渡された箱には焼き菓子が入っていました。男性的で、しかし計算つくされた繊細な味にアンちゃんは魅了されます。
早番だったアンちゃんは退勤後、自宅へのお土産にとKに洋菓子を買いに行きます。フロランタンにマドレーヌにタルトダモンドを2つずつ。しかし困ったことに店員さんはとてもたどたどしい手つきで接客、包装をしていきます。いくら初日で緊張しているからといって…あぁ、どこかで感じたこのいたたまれなさ…。そう、それは年明けの『新春・和菓子フェア』に出店していた『金沢和菓子・柿一』の店員さんと同じだったのでした。
次の日、出勤していたアンちゃんに椿店長が「今日、少し長く残れないかしら?」と声をかけます。なんでも立花さんが季節外れのインフルエンザにかかったらしいのです。別段の予定のないアンちゃんは二つ返事で了承します。
そしていつもより少し遅れての昼休憩。社員食堂へのエレベーターを待っていると、今度はKの柏木さんから声をかけられました。ちょうど柏木さんも社員食堂を探していたようです。そのまま流れで社員食堂まで案内し、一緒に食事をとることになってしまったアンちゃん。話題に困った末、『新春・和菓子フェア』のことを聞いてみました。すると、なんと、柏木さんが例の男性スタッフだったのです。そして柏木さんも「飴細工の鳥」について自分で調べていたようです。
「本当は、飴細工にすらなれない…」
「――自分は、、永遠にアヒルなんです」
(本書 P170より引用)
柏木さんは、うつむき、唇を噛みしめ、沈痛そうにつぶやくのでした。
「自分は――半端者なんですよ」
「それって」
アヒルは、半端者という意味なの?そう思うけれど、口には出さない。
「自分は今、『K』の社員で、しかもデパートに初出店でこれからが頑張り時です。なのに――悩んでしまうんです。このままでいいのか、自分は本当にこうなりたかったのかって」
制服を着ているのに、中身が伴わない、飴細工の鳥とは、まさにこのことですね、柏木さんは、小さくつぶやいた。
(本書 P172-173より引用)
そんな柏木さんにアンちゃんは、元気づけようとなんとか言葉をひねり出します。そして二人で現状の悩みや不安について語らうのでした。これといって夢があるわけでも、将来が見えているわけでもない、そのまま大人になってしまった。せめて役に立ちたいという思いはあるけれど、それもどうしたらいいのかわからない。そんな葛藤。
「自分も、働いていると安心します。何かをしている、って思えるのかな」
その言葉に、ちょっとびっくりする。資格があって、ちゃんと就職いた人でもそう思うなんて。
「安心―」
手を動かしていれば安心。お金を稼いでいれば安心。それは全部本当で、悪いことじゃない。でも。
「ごまかし、なんでしょうけどね」
柏木さんのつぶやきは、私のどこか深いところをとん、と突いた。
(本書 P175より引用)
それからアンちゃんは取りつかれたように仕事をするようになります。立花さんがいない穴埋めをしようと早く出勤したり、休憩を短くしたり。
「あのね、梅本さん。これから一週間あるのよ。初日から力の限り頑張ったら、後で息切れしてしまうわ。梅本さんが倒れたら、どうするの」
(本書 P179より引用)
そう椿店長はアンちゃんを嗜めますが、今のアンちゃんには伝わりません。休むことが仕事だと伝えても、伝わらないのです。遅刻したわけでも、悪いことをしたわけでもないのに。むしろお店にとっていいことをしているはずなのに、どうして怒られるんだろう?と心の中で口をとがらすのでした。
案の定、数日後エネルギー切れするアンちゃん。社員食堂で休憩していると、また柏木さんと出会います。少し話した後、アンちゃんが立ち去ろうとしたときです。
「またご一緒しても、いいでしょうか」
「ああ、はい――え?」
(本書 P189より引用)
言われた意味のわからないアンちゃんはしばしフリーズ状態。考えることをやめてしまいます。するとアンちゃんの中にロボットが現れました。このロボットはよくできていて、まるで流れ作業かのように自動的に仕事や日常を進めていくのでした。
翌日、社交辞令だと自分を納得させ売り場にでると、インフルエンザから復帰した立花さんが店頭に立っていました。立花さんはもうすっかり元気になったようで、ホッとしたアンちゃんはやっとロボットから自分を取り戻すことができたのでした。
そして立花さんとKがとても繁盛しているという話になります。デパート初出店だからと考えるアンちゃんに、立花さんはもう一つの理由が大きいでしょうが何でしょう?と謎かけをします。それはKに来ているお客様を見ていればわかると言います。Kの客層は小さなお子様を連れた方や、お年を召された女性が多いようです。
「そう。あそこは、男子の節句で有名だからね」
(本書 P193より引用)
さてKが人気な理由とは、そして男子の節句とはどういう意味なのでしょう?この辺りは読んでからのお楽しみです。私はその言葉の意味を知らなかったので、和菓子もそうですが洋菓子も奥が深いのだなぁ…知らないことばかりだなぁと感動しましたよ。
そしてひょんなことからアンちゃんは、柏木さんが過去和菓子職人をして現在Kでパティシエをしているのだということ、そして自身がアヒルと言っていたことを立花さんに伝えます。すると立花さんの様子がいつもと変わります。アンちゃんの方を見ないのです。
「アヒルの元和菓子職人が、現パティシエ。笑えますね」
「はい?」
笑えるって、なに?アヒルがかわいいからって言い方じゃなかったけど。
「そんな人が、男子の節句とか――まぁ、お菓子に罪はありませんけど」
立花さんは軽く咳払いをすると、私を見ないまま言った。
(本書 P198より引用)
見えない悪意を感じながらも意味がわからないアンちゃん。休憩室で柏木さんに少し遠回しに休憩は今まではたまたま一緒に入れていただけで、普段は時間を合わせられないことを伝えます。少し残念そうな柏木さん。話を聞いてみると、寂しかったのかなとアンちゃんは仮説をたてるのでした。
そんなとき、師匠からメールが届いていることに気が付きます。師匠なら、”アヒル”の意味がわかるかもしれません。メールで確認すると、すかさず師匠から電話があり、アヒルの意味を教えてくれました。アヒルとは、料理人の立ち位置を表す言葉で、しかも新入りで見習いという意味だったのです。アンちゃんとさほど年の変わらない柏木さんですから、これまでに和食の料理人、和菓子職人、そしてパティシエになっている…すなわち職を転々としてきたということがわかります。
そこでアンちゃんは思い切って「男子の節句」について柏木さんに質問してみました。すると節句ではなくセック、洋菓子用語で乾きもの菓子のような意味を持つと教えてくれました。「男子のセック」とは「男子っぽいお菓子」ということです。
でも、それと同時に立花さんの悪意も明らかになった気がする。だって転職を繰り返す柏木さんが、男らしいお菓子を作ってるから笑えるなんて。「お菓子に罪はない」だなんて。ちょっと、ひどい。
(本書 P207より引用)
はてさて、どうして普段は冷静で、心の中に乙女が住まう優しい立花さんがそんなことを言ったのでしょう。立花さんと柏木さんはほとんど面識はないというのに…。もちろん読んでみてのお楽しみ…ですが、ここの立花さんの心境が個人的にはとても理解できます。否定してい気持ちと、嫉妬というか複雑な苦い感情。
椿店長には怒られたことで気まずいし、仲良くなってきたと思っていた立花さんには突き放されるようなことを言われてしまいアンちゃんはお店を続けることも悩んでしまします。無事、桜井さんに助けられますが、この辺りのアンちゃんの葛藤も若くていいなぁ…と思いながら読んでいました。このくらいの年齢だと、職場をやめたい!って思う原因って人間関係ですから…。そんな理由で辞めたいとか甘いわってこの年齢だと思いますけれど、当時は私もそういった理由で一喜一憂していたな…と感慨深かったです。今でも仕事に対しての焦りとか葛藤は理解できるし、やっぱりお仕事小説ですね。
「――醜さも、きれいですよ」
お正月の中華街以来、だろうか。
「前に、教えてくれたじゃないですか。『源氏物語』の、嫉妬から生まれたススキの場面。あれは醜い感情だけど、きれいでした」
情念の末の悲しい結末。秋風に揺れるススキ。その中に、割り切れない想いを抱えて立ち尽くすひと。
(本書 224より引用)
第四章 甘いお荷物
第四章は真夏日が続く八月。お中元商戦も一段落して少しだけ落ち着きを取り戻したデパ地下のある日。
たまたまジュースを買いに来ていたアンちゃんは、小さな女の子の手を引いた、若いお母さんに声をかけられます。ジュースの成分などについて知りたいようです。しかし、成分表などを渡すとお母さんはこの店ではお子さんが飲めるジュースはないといい他の店舗について質問されます。東京百貨店にはそのお店以外にも三店舗のジュース屋さんがあり、アンちゃんは案内することになりました。案内したのは果物屋さんがやっているジュース屋さん。そこでアンちゃんは二人と別れ、みつ屋に戻ったのでした。
しかし店頭に戻って間もなく、小さな女の子の泣きわめく声が聞こえてきます。迷子かな?と目を向けると、泣いているのはさっきの女の子でした。お母さんは先ほどのお店ではジュースを買わなかったようで、それに対してお子さんが癇癪をおこしたようです。
「やあだー!ジュース!!」
ひときわ大きな声で、女の子が叫ぶ。お母さんは、ついに我慢しきれなくなったのか、それを押さえつけるように大きな声を出した。
「だから、ダメなのっ!!」
「あんな、何が入ってるかわからないジュースは、飲んじゃダメなのっ!!」
(本書 P255-256より引用)
それでも女の子の癇癪はおさまらず、ついに全身で暴れ、結果女の子は転んでケガをしてしまいます。そしてアンちゃんは2人を救護室へと案内し、一連のことを椿店長やフロア長に報告するのでした。
お母さんはどうしてあんなことを言ったのでしょうか?そもそもどうして欲しがるのがわかっているお子さんを連れて店頭に行ったのでしょうか?そして買ってあげるといったのでしょうか。あえて目の前を我慢させるような行動に謎が深まります。
ここからのお話はきっととある出来事を示唆しているのだ…ということで胸が張り裂けるような気持になりました。そういうことってありましたよね。今、思い出してもつらいです。でも、当然消費者にも知る権利があり、買うか買わないかを選ぶ権利があります。こういった話題はとてもセンシティブというか気を使わなければならないのだと思います。ヴィーガンでも添加物もそうですよね。個人的には、個人でするのはご自由にですが、それを強要してくるのはご遠慮したいといった具合。そういった葛藤が描かれていて、難しい問題だなと思いました。
第五章 秋の道行き
世界がオレンジ色や赤色といった暖色系に染まる秋。ただ少しもの悲しくなるのが玉に瑕。
夏の暮れのある日、とある出来事から立花さんは師匠にこんな言葉をかけられます。
「とんだ甘酒屋だな。早太郎」
それを聞いた立花さんは最初、不機嫌そうに顔をしかめた。けれど次の言葉を耳にした瞬間、顔を真っ赤にして唇を噛み締める。
「なぁ。荷物を持て余すくらいなら、手を出すんじゃねえぞ」
師匠は私に手を振ると、そのまますたすたと帰っていった。
(本書 P282より引用)
これ以降、なんだか立花さんがよそよそしいのです。ただそれはアンちゃんだけに対してだけではありませんでした。
そんななか、立花さんは1週間、休暇をとることにしたそうです。社員はあまりまとまった休みが取れませんので、閑散期に合わせて椿店長も立花さんも休みを取るようでした。引継ぎのために出勤してきた立花さんはアンちゃんや店の面々に挨拶をし、ここ最近のお店での態度のお詫びにとお菓子を持ってきてくれました。
バックヤードに戻ると、アンちゃんの鞄のそばに小箱が置いてあります。けれど様子がおかしいのです。桜井さんと椿店長の鞄のそばに置いてある小箱はどちらも師匠のお店の掛け紙がかかったお菓子です。けれどアンちゃんの箱だけ何もかかっていません。値段の差でしょうか。でも心の中でどこか、「もしかして」という思いも浮かびます。
帰宅して、一人でアンちゃんは立花さんからもらったお菓子を開きます。そこには上生菓子が2つ並んでいました。
まず目に入ったのは、鮮やかな色彩。『秋の道行き』という紙が挟まっているのは、色とりどりのそぼろをまとったお菓子だ。赤、黄、緑、白、茶。山の景色を模しているように思えるけど、角度によって紅葉だったり、青山だったり、ときには雪景色にも見せる。
(…これは、ものすごく手間のかかったお菓子だ)
(本書 P324より引用)
もう一つの方を見ると、何かがちかりと光った。金箔だ。
『はじまりのかがやき』と名付けられたお菓子は、青い半透明のういろう地で出来ている。ぱっと見は夏の金玉羹みたいだけど、中に銀杏の黄色い葉が透けて見える。そして水面のきらめきを模したのか、小さな金箔が載せてある。
(本書 P325より引用)
桜井さんい確認してみると、やはり桜井さんとは違ったものが渡されているようです。これはきっと立花さんからアンちゃんへのメッセージ。むしろSOS。そう考えたアンちゃんは、立花さんを助けるために2つの上生菓子の込められた謎にせまるのでした。
ここから先は読んでからのお楽しみにということで。和菓子の世界の自由さや、たった1つの上生菓子にこめられた情報量の多さにびっくりです。一体、どんな思いやメッセージを込めて立花さんはアンちゃんに上生菓子を送ったのでしょうね。
ところで、甘酒屋の荷物ってどういうことなんでしょうね❀
おまけ
第一章のこの”飴細工の鳥”がこの「アンと青春」のテーマだと私は思います。アルバイトという立場への葛藤、未熟さ故の間違い、そういった点をどうアンちゃんが飲み込んで成長していくのか…を楽しむ一冊なのではないでしょうか。自分が選んだもの、今選んでいるものが正しいのかへの不安。今なにかしていることで、将来をごまかしているような焦り。そして驕り。様々な一面が見られてとても面白かったです。
反対に謎解きに関しては今回は控えめ。もちろんその要素もありますけれど、謎解きがメインというよりはアンちゃんの成長やアンちゃんと周囲(特に立花さん)との関係性の変化などが多かったように感じます。とはいえ、最終章は謎解き要素たっぷりでしたので大満足。最初は誰かに聞いて考えるだけだったアンちゃんも、今は自分で調べたりするようになってこれまた成長を感じます。
ところで、内容とは脱線しますがタイトルについて。「和菓子のアン」、「アンと青春」、そして3巻は「アンと愛情」。ここまでくるとやはり気が付きますよね。タイトルが「赤毛のアン」とリンクしていることに。これは、赤毛のアンと同じくらい続くと期待していいのかしら…?と一人ほくほくしている私です。3巻、4巻を読むのも楽しみですね❀