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シンプリストになりたいのです

本・リカバリーカバヒコ

青山美智子さんの『リカバリー・カバヒコ』を読了いたしましたので、その感想やあらすじなどをネタバレ交えて綴っていきたいと思います。

リカバリー・カバヒコのあらすじ

5階建ての新築分譲マンション、アドヴァンス・ヒル。その近くにある日の出公園には古くから設置されているカバのアニマルライドがあります。名前はカバヒコ。

ただ乗るだけの、よくあるアニマルライドだ。茶色に近いようなくすんだオレンジ色で、それもところどころ塗料が剥げている。地のコンクリートがむき出しになってまだらな灰色になっていたが、カバなので違和感はない。

楕円の大きな瞳はちょっと上目遣いで、黒目も部分的に剥げているせいでなんだか漫画みたいな涙目に見えた。口がにいっと横に大きく広がり、端っこが上がっている。上向きの鼻は盛り上がった丘のてっぺんに離れて鎮座し、なんとも間の抜けた、あきれるほどのんきな表情だった。

(P14より引用)

カバヒコには、怪我や病気など自分の治したい部分と同じところを触ると回復するという都市伝説がありました。

すっと人差し指を立て、雫田さんは言った。

「人呼んで、リカバリー・カバヒコ」

リカバリー?」

「……カバだけに」

(P17より引用)

アドヴァンス・ヒルに越してきた人々は、それぞれの問題をカバヒコに打ち明けるのでした。

ここからは各章ごとに触れていきたいと思います。

奏斗の頭

それまで住んでいた街を離れ、高校進学のタイミングで都心寄りの新築分譲マンションであるアドヴァンス・ヒルに越してきた奏斗一家。それまではのんびりとした公立中学に通っていて、授業を聞いているだけでテストの成績は優秀でした。ですので奏斗は自分は頭がいいのだ…と思っていました。

けれど高校に進学してからそれは一変してしまいます。授業にはついていけないし、テストも平均点を下回った点数ばかりをたたき出してしまいます。すべての点数と個人順位が書かれた紙を見てみると、42人中35位という結果でした。母親には平均点が低かったんだよとなんとかごまかしつつも、成績不振を原因に自分に自信をなくしてしまいました。

そんなある日、マンションの近くに日の出公園という小さな公園を見つけます。無人の公園にふと奏斗は足を踏み入れました。公園にはブランコやすべり台などのいかにも公園らしいアイテムのほかに、カバのアニマルライドがありました。よくみてみると、カバの後頭部には油性マジックで「バカ」と書かれていたのです。心を痛めた奏斗は、翌日プラモデルの塗料であるラッカーで落書きを塗りつぶそうと思いつきます。

翌日、公園には先客がいました。先客は奏斗と同じ学校の制服を着ています。よく見ると、彼女は同じクラスの雫田さんであることがわかりました。気まずさを感じ、引き返そうとしたとき二人の目が合いました。

雫田さんは気さくに奏斗に話しかけ、奏斗にカバのアニマルライドの都市伝説について話します。そして奏斗はカバヒコに成績不振の状況を打破できるようにお願いするのでした。

「頭脳修復、たのむよ、カバヒコ!」

(P19より引用)

 

第一章の主人公奏斗。彼は自分はできる人間だと思っていたけれど”井の中の蛙大海を知らず…”と言いましょうか。広い世界を知って、自分の自尊心が傷ついてしまったり、それによってやる気を失ってしまったり…と思春期の少年らしい物語です。

「ひどいな。バカって書かれてる」

僕も一緒に、その文字をのぞきこむ。

「そうなんだよ。こすってみたけど、油性ペンみたいで消えなくて。上から塗ればいいかなと思って、プラモデルに使う塗料、似たような色を持ってきたんだけど」

僕はリュックからラッカーを取り出した。透明のボトルから見えるそのオレンジ色は、カバヒコと合わせてみるとずいぶんと明るかった。これだと、逆にそこだけ目立ってしまいそうだ。それに。

「……上から何か塗ったって、その下にバカがあると思うとちょっとせつないな」

僕はそう言って、ラッカーを下げた。

消すのと、隠すのは違うのだ。そうやってごまかしても、なかったことになんてならないのだ。

(P23より引用)

雫田さんとの会話や両親との会話をきっかけに、自信や やる気を取り戻していく奏斗の姿がとても眩しいお話でした。男女の友情の芽生えというか、とにかく眩しい!青山ワールド!といった感じです。

紗羽の口

半ば強引に夫が決めた新築分譲マンション、アドヴァンス・ヒルに越してきた紗羽一家。紗羽は専業主婦をしていて、娘のみずほは幼稚園の年長さん。やっとのことで見つかった編入先の幼稚園は何かと規則の多い幼稚園でした。アドヴァンス・ヒルのあるエリアでは、マレーという大型スーパーの前にあるロータリーが通園バスの停留所となっています。

紗羽はみずほの手を引いてその停留所に向かいます。そこではママ友3人がすでにそろっておしゃべりをしていました。子どもたちを見送ったあと、お迎えの時間までマレー内にあるファーストフード店「サマンサ」でお茶をするということが度々ありました。本心では家事をするために断りたい。けれどそうすると自分がはぶられてしまい、さらにはみずほまで仲間外れにされてしまうのでは…と心配になり、断れずにいました。おしゃべりの内容は中身のない噂話ばかり。紗羽は日に日に、適当な相槌をうつことだけ上達していくのでした。

そんななかで絹川さんというママさんの話が話題に上がります。絹川さんは年長の男の子を送りに来ているのですが、挨拶以外の会話はありません。いつも背筋をピンと立っていて、なにやら仕事をしているようで、サマンサへも当然来ることはありません。そんな絹川のあることないことを想像し、ママ友たちは噂話というていの悪口に花を咲かせるのでした。

この「ママ友ごっこ」もあと半年。あと半年の我慢だ、と思っていたところでちょっとしたトラブルからママ友たちから仲間外れにされてしまいます。みずほは今のところ仲間外れにされていないようですが、あからさまに自分が彼女たちに無視されていることがわかります。

紗羽は娘のみずほを出産するまでは全国チェーンのファッションビルでショップ店員をしていました。コンテストで接客が優秀であると表彰されたこともありました。その頃は心からいえた「ありがとうございます」が今は「ありがとう」の意味が「すみません」になってしまっていました。仕事に戻りたいけれど、みずほが3歳になるまでは…と思っているうちにブランクが怖くなり、みずほが5歳になっても戻れないでいたのです。

とある日曜日、みずほは夫に託して一人買い物にいくことになり、ついでにクリーニング屋にワイシャツやブラウスなどを持っていこうと思い立ちます。日の出公園のすぐ近くにある”サンライズ・クリーニング”はいつもベリーショートの白髪のおばあさんが店番をしていて、仕上がりに少し時間はかかっても、丁寧な仕事で何より安いということで紗羽の行きつけになっていました。

店先で店主であるおばあさんと、他の客と話していると、ひょんなことからカバヒコの都市伝説のことを聞かされるのでした。

私は彼を呼んだ。そしてそっと、にいっと笑っているみたいな口を触る。

カバヒコ、お願い。ちゃんと話ができた頃の私に戻して。

ママともたちとの関係を、修復して。お願い。お願いします。

カバヒコはただ、やんわりとほほえんでいる。私はカバヒコの口を何度も何度もなでながら、涙をにじませた。

(P86より引用)

 

第二章の主人公となる紗羽。ママ友問題であったり、専業主婦であるがゆえの葛藤であったりを描いている物語でした。

個人的に一番、わかるわぁ…と共感したのはこの章でした。私も2022年9月末に図書館司書を辞め、それ以降はずっと専業主婦で仕事に就いていません。夫は私の体調面や精神面からこのまま専業主婦でいいと言ってくれていますが、それでもやはり焦燥感と言えばいいのか、このままでよいのだろうか、働けるのに働いていないというのはよくないのではないだろうか…と考えてしまうこともあります。子どもがいるわけではないから余計にそう思うのかもしれませんね。

私は、ちゃんと話せる自分に戻りたいと思っていた。

でもそれは、単に「たくさんしゃべれる」ということではなかったのだ。

本当の「話せる」って、「必要なことをきちんと伝えられる」ことなんだから。

(P90より引用)

紗羽がどんなふうに変化していくのか、とても暖かい気持ちで見ることができました。

ちはるの耳

大学卒業後、ブライダルプロデュースの会社で3年間勤めていたちはる。やっとウェディングプランナーとして認められてきたところで、ストレスが原因で”耳管開放症”という病にかかり、休職することになりました。痛みがあるわけでも、音が聞こえないわけでもありません。ただ自分の声がくぐもった耳の中でまるで反響するように不穏に響くのです。もともと細身であった体形も、今は身長160㎝に対して30㎏台にまで落ちてしまいました。

ストレスの原因はわかっていました。同業の他社から半年前に転勤してきた澄恵という女性です。ハキハキと物を言いえ、スピーディに動ける澄恵の成約率は、圧倒的にちはるより上だったのです。もちろんそれで病気になったというわけではありませんが、彼女の存在によってちはるの心に余裕はなくなってしまったのでした。

もう一つの原因は同期の洋治でした。洋治は物腰が柔らかく、人当たりのいい人でしたが、そのぶん本心がつかみきれない人でもありました。彼はちはるが休職してからも、時々連絡をよこしてくるのです。そんな優しさや笑顔の裏で、誰かを傷つけているということをちはるは洋治に言えないでいたのです。

ちはるは両親が購入した新築分譲マンション、アドヴァンス・ヒルに一緒に暮らしていました。ある日、父がスーツをクリーニングに持っていかなくてはいけなかったことを失念していたといわれます。クローゼットに押し込まれ、皺だらけのスーツはクリーニングに出した方がよさそうです。

ちはるは散歩もかねて、サンライズ・クリーニングにもっていくことにしました。スーツを預けたあと、その足で日の出公園に向かいます。公園には先客がいました。紗羽とみずほです。同じマンションで挨拶をしたことがあったので、顔を覚えていたのでした。みずほはブランコを漕ぎ、紗羽はカバのアニマルライドの背に腰を下ろしていました。ちはると紗羽の目が合うと紗羽は好意的な笑顔をちはるに向けます。そしてそのまま立ち去るわけにもいかず、ちはるは公園へと足を踏み入れるのでした。

そこでちはるは紗羽からカバヒコの都市伝説のことを教えられます。

「……樋村さん(紗羽)も、どこか」

私が曖昧に言葉を濁しながら問うと、樋村さんは遠くを見るようにしてふっとほほえみ、なんだか楽しそうに言った。

「うん、治したいところをカバヒコにリカバリーしてもらった。でもちょっと良くなったからって油断してるとぶり返したりするから、こうやって時々、触りに来るの」

メンテナンス、ってことかな。

(P117より引用)

紗羽とみずほを公園から見送ったのち、ちはるはカバヒコの前にしゃがみこみました。カバヒコの耳に手を伸ばし、そっと、そっと撫でていると、なぜだかカバヒコ自身が耳の不調に苦しんでいるような、そんな錯覚に陥りました。

つらいね、しんどいね。かわいそうに。

何度もなでながら、胸の奥からせつない想いがこみあげてきた。

会社で起きた、つらかったことが次々に思い出される。

(P118より引用)

そしていろいろな思考を巡らせる中で、自分の醜い感情に気が付いたのでした。

 

第三章の主人公となる ちはる。人間関係のトラブルや仕事のストレスがまるで雪のように降り積もって、気が付いた時にはもう身体が悲鳴をあげてしまって。耳の不調は行ったり来たりでいつまでも回復しない、回復するのかもわからないという焦燥感。

人間関係のトラブルって、自分では「逃げる」か「立ち向かう」以外の対処法はないんですよね。他人の感情や行動をコントロールすることなんて、人間にはできませんから。コントロールできないからこそつらくて、逃げたとしても立ち向かったとしても、どちらにせよそれを乗り越えるのって簡単にできることではないと思うんです。そういった”ままならないこと”とゆっくり向き合うという物語でした。

ここですっきり完結するわけではなくて、これから…という感じで終わるのが個人的によかったです。身体の不調のことも、心の不調のこともそう簡単に解決するわけではありませんから。少しずつ、少しずつ良くなっていくよという希望があっていいなぁと思いました。

勇哉の足

父親の本社勤務が決定したことをきっかけに、新築分譲マンションのアドヴァンス・ヒルに越してきた勇哉一家。それを機に、小学校を転校することになった勇哉。新しい学校は学校行事がとにかく多くて、月に1度は何かしらのイベントがあるのでした。

そして11月のメインイベント…それは勇哉が大嫌いな「駅伝大会」でした。ただ全員参加というわけではなく、クラスから3人ずつランナーが選出され、6学年が縦割りになった組対抗のレースだそうです。運動が苦手な勇哉は絶対に選手に選ばれたくはありません。3人のうち2人は立候補ですぐに決まりましたが、あと1人がどうしても決まりません。そこで担任の先生は、明日くじ引きをして決めましょうといってその場は解散するのでした。

そして翌日。勇哉は家の薬箱から湿布を盗み出し、それを足首に張り、足を引きずりながら登校しました。そしてくじ引きが自分に回ってきたとき、先生に捻挫していると嘘をついて駅伝メンバーから外れることに無事成功したのでした。

それからすぐに怪我がなかったことにするわけにはいきませんので、足を引きずった生活を続けていた勇哉。2日ほど、そんな生活をしていたら本当に足が痛くなってきてしまったのです。地面に足をつけるとズキズキと痛み、ふくらはぎや膝まで痛むようになりました。病院にいっても原因はわからず、セカンドオピニオンを受けましたがそれでも治りません。また先生によって言っていることが正反対でどうしたものかと頭を抱えることになるのでした。

病院からの帰り、お母さんが思い出したようにクリーニング屋に寄っていくといいます。サンライズ・クリーニングでは店主のおばあさんと1人の女性が談笑しているようでした。その女性は見覚えのある女性です。同じマンションに住むちはるという女性でした。

お母さんに促されちはるに挨拶をし大人同士の談笑が始まります。ふと勇哉の歩き方から足を怪我しているのかと店主に聞かれます。お母さんは原因がわからないけれど足が痛いようで…と勇哉の状況を簡単に説明すると、店主はカバヒコの都市伝説のことを勇哉とお母さんに伝えるのでした。ちはるに案内されてやってきた日の出公園。カバのアニマルライドであるカバヒコが変わらずに立っています。

右の後ろ足に手のひらを当てる。

丸みがある円柱のそこは、しっくりと手になじんだ。カバヒコの足を何度もなでながら、ぼくはお願いをした。

どうか、どうか。ぼくの足を、元どおりに治してください。

どこも痛くなく歩けるように。

(P158より引用)

数日後、勇哉はお母さんに連れられて整体にやってきました。ちはるが行っている整体を紹介してもらったようです。整体の先生は、勇哉が片方の足をかばって歩くことで、体全体に歪みが出て、筋が張ったりしているのだろうといいます。

「体と心はすぐそばにあるんだけど、頭だけ、ぽつんと遠くにあるんだよ。勇哉くんの頭は、皮膚や筋肉が緊張しているのを、痛いって間違えてるんじゃないかな」

(中略)

「なにか、体や心がどうしてもイヤだなって思ってることがあるのかもしれないね」

そう言われて、ぼくはつぶやくように「走るのがイヤです…」と答えていた。

(P162-163より引用)

 

第四章の主人公 勇哉。自分がついた嘘が原因で、本当に嘘の状況になってしまい、そこからいろいろと学びを得る物語です。

体が緊張しているのは、ずるいことしたって罪悪感でびくびくしているからだ。頭が間違えちゃったんだ。

ホントのホントは、嘘なんてつきたくなかったんだ、そうだ、ぼくは…。

そういう自分のことが、イヤなんだ…。

(P170より引用)

どうしても嫌なことから逃げたくて、嘘をついてしまうことってありますよね。私も運動が苦手ですから、体育のマラソンや水泳が本当に嫌で嫌で。中学生のとき、部活中に足を10針ほど縫うけがをしたんですけれど、それ以降はいけないとわかっていながら、傷が痛むから…と嘘をついて体育の授業をさぼったり、なにかと理由をつけて学校を休んだりしたなぁ…と思い出しました。

でも回避することは悪いことばかりではありませんから。逃げていいことは逃げていいのだと、大人になってから気が付いたものです。嘘はできるだけつかない方がいいですけれどね。

そういった記憶をくすぐられたようで、なんだか居心地の悪さを感じつつ、でも愛おしいなぁと懐かしむことができる物語でした。

和彦の目

都内の出版社である栄星社に勤務して30年。学生の頃から念願だった情報誌編集の職に就き、今では月間情報誌「ラフター」の編集長を勤めている和彦。数年前から進行していた老眼が最近の悩みです。

仕事を終え、妻の美弥子と保護猫のチャオが待つ自宅を目指しますその前に少し寄り道した場所、それはサンライズ・クリーニングでした。夜遅くでシャッターの閉じられた店舗の二階、居住スペースとなっている部屋に灯がともっているのを確認し、そのまま日の出公園へと足を向けるのでした。

自身の母親であるサンライズ・クリーニングの店主。気が強く、快活でよくしゃべる、よく働く母と、和彦は折り合いが合わずに喧嘩が絶えない親子でした。和彦は就職を機に実家を離れ、それ以降は実家に寄り付くことはなく、妻の美弥子を紹介して以来でした。そのまま月日が流れ、和彦自身も老いを感じるようになり、また妻の美弥子の両親が美弥子の兄夫婦と同居を始めたことで母のことが頭をよぎるようになりました。そして美弥子に事情を説明し、母との同居を視野に入れるようになりました。けれどあまりに距離ができていましたから、突然一緒に暮らすというのは難しいはなしです。そこで近くのアドヴァンス・ヒルに越してきたのでした。

夜の日の出公園は無人で、遊具たちが静かに並んでいます。その中にカバヒコの姿を認めた和彦。カバヒコは、和彦が子どものころに設置されたアニマルライドだったのです。和彦は遠い記憶に思いを馳せます。

「この子はね、和彦のためにやってきたカバヒコっていうんだ。あまえの一番の味方だよ。すごい力を持ってるんだよ。自分が痛いのと同じところを触ると、治っちゃうんだから。人呼んで、リカバリー・カバヒコ!」

俺が戸惑っていると、母さんは突然ニヤリと笑い「……カバだけに」と補足した。リカバリーとカバをかけているのだ。それを聞いて俺は、ぷっと吹き出した。

すると母さんは俺をすっぽり抱きしめ、「だからもう、大丈夫!」と言った。

カズヒコの味方、カバヒコ。小学生だった俺にも、母さんが即興でこしらえた作り話だとすぐにわかった。

ただ、そんなホラ話の中にあふれんばかりの愛情を感じ取っていた。それがすごくうれしかったので、以来、カバヒコは俺の相棒となった。

しかし、俺もカバヒコも、年をとった。

……親子関係をリカバリーするために、戻ってきたのにな。

(P194-195より引用)

 

最終章の主人公は和彦。これまでのすべての章で出てきたサンライズ・クリーニングの店主の息子がここにして登場です。親子関係の修復って、これまた難しい問題ですよね。34歳の若造が…と思われそうですが、まぁうちの実家もいろいろとトラブル続きです。だからこそ和彦の葛藤はとても理解できます。年老いた両親とどう向き合っていけばいいのかとか、いろいろね。

「私、チャオと暮らし始めてつくづく思うの」

チャオをなでながら、美弥子は続けた。

「与えるだけじゃなくて、受け取ることも愛情なのよね。相手を信頼して、ただ甘えるっていう。大人になればなるほど、そっちの方が難しくなるんだけど」

(P220より引用)

はてさてどんな形で親子関係をリカバリーするのでしょうか。ぜひ、読んでみていただければと思います。

よもやま話

今までいろいろな青山美智子さんの作品を読んでまいりまして。青山さんはもう、このスタイルで突き進むのだなぁ…と思いまして。違う作風も読んでみたいなと思っていたのですけれど、それも野暮なような気がしてきた本作。違うスタイルは他の方の著書で楽しめばいいだけですからね。

こういう安心感というか、実家に帰ってこたつに入ってゆっくりする…みたいな雰囲気も大切なのではないかと思う今日この頃です。

yu1-simplist.hatenablog.com

個人的にいいなと思ったところは、カバヒコって結局何もしていないんです。ただそこにいるだけで、リカバリーなんてしていないんです。

本当はただのコンクリートでできただけのカバのアニマルライドです。けれど、そこに目と鼻と口があって、まるでアニミズムのように、みんなどこかそこから表情を読み取って、自身と重ねてみたりしているだけ。本来のカバヒコは傾聴すらしてくれていないのに、通り過ぎていく人々が話を聞いてもらったような気持ちになっているだけなんです。

神様やなにかの不思議な力で問題をリカバリーするというお話ももちろん素敵なんですけれど、本作はそうじゃない。カバヒコを信じたり願ったりすることで問題の本質に自らたどり着いて、自分自身や周囲の人々によって、問題解決しているところがいいなと思いました。

神様ってそれくらいの存在でいいと思ったりもします。いてくれるだけでいいんです。聞くでもなく言うでもなく、ただそこに”存在”してくれていれば。逆に言えば自分がいると信じさえすれば、目に見えなくてもいいわけですし、勝手にご神体を決めてしまってもいいんです。個人利用の範囲でしたらね。

暖かくなってきて少しずつ読書欲も戻ってきましたので、いろいろと読んでいけたらと思います。次は何を読もうかな。