SIMPLE

シンプリストになりたいのです

映画・バービー の感想

お人形遊びって しましたか?

私も幼い頃は人並みにしていたと思います。あまり遊んだ記憶というのはないのですが、おもちゃ箱にセーラームーンのお人形やリカちゃん人形なんかがあったように記憶しています。

ただ薄ぼんやりした記憶のなかで、私は何故か人形よりも家や家具の配置の方にこだわっていたんですよね。家にはお風呂があって、トイレがあって、キッチンがあって…とシルバニアファミリーにそれらを再現し、家を作り上げていくことに楽しみを覚えていたようです。

ですから、人形に対して愛着を持つようになったのは最近になってきてからかもしれません。最近、他にやることが多くてできていませんが…。続き、やりたいよぅっ!

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はてさて話を戻して、お人形 にまつわる映画『バービー』を観ました。感想をネタバレ交えて綴っていきたいと思います。ただ今回の映画、ジェンダーギャップについて描かれておりますので人によってはセンシティブに思われる方も多いかもしれません。また少々辛口に書いておりますので、ご了承願います。

あらすじ

アメリカ合衆国玩具メーカー マテル社が発売し、世界的にヒットした着せ替え人形バービー。バービーが発売されるより以前の人形は赤子を模した人形、要は世話をする対象としての人形ばかりでした。しかしバービーは十代後半の女性の人形です。人形は自分達の憧れを反映する対象となり、バービーは世界を変えたのでした。

バービーがすべえてを変えた。そして変化は続いた。どれもがバービー。バービーは何者にもなれる。ただの水着姿の女の子から、可能性はどんどん広がった。お金や家を持ち、車や仕事も持った。女性たちだってこうなれるはず。その影響は少女たちに広まった。可能性は無限。なりたいものには、何でもなれる。バービーのおかげで性差別や不平等は解消…とバービーは信じてた。バービーランドは夢の国だし、夢は壊しちゃダメ。そんなバービーが今日も幸せに暮らしている。

バービーランドは夢の国です。様々なタイプ・職種のバービーとケンたちが暮らす世界です。主人公のバービーは定番型のバービー。美しい美貌とプロポーション。彼女は毎日、ハッピーに暮らしています。バービーランドでは大統領も、お医者さんも、ノーベル賞をとるのもバービー達です。一方、ケンたちはというと陽気で快活な性格でバービー達を盛り立てますが、どこか情けなく下品な下ネタばかりで、所詮はどこまでいってもバービー達の盛り上げ役なのでした。

バービーの毎日は完璧です。朝起きて、前日の飲みすぎがたたることなんてありません。トーストを焼きすぎてしまうことも、牛乳の賞味期限切れになっていることもありえません。ましてや自分の死について考え、ブルーになるなんてことありえないのです。なのに、ある日起きてみると バービーは、なんとなく調子が悪いのです。

「私のかかとが地面についてるの、つま先立ちじゃない…」

しかも、いつもはピンと伸びたつま先立ちの足が、ベタ足になってしまっています。こんな足では、いつも履いているヒールは痛くて歩けません。

バービーは他のバービー達に相談し、”へんてこバービー”を訪ねることになりました。彼女は、子どもに髪を切られ顔に落書きされてしまったバービーです。バービーランドではちょっと変わり者扱いをされ、町外れに住んでいます。彼女に事情を説明して、どうすればいいか聞きに来たのです。

「私は定番のバービーで、深く考えるタイプじゃない。でも今朝は変なことばかり」

へんてこバービーはこの世界の秘密を知っており、バービーのベタ足をなおすためには、現実世界に行って持ち主に会う必要があると言います。バービーは行くことを渋りますが、気がつけばバービーの太ももにはいつの間にかセルライトが。これでは完璧とは言えません。

バービーは持ち主を探すため、人間世界へと旅立つ決心をするのでした。しかし、バービーが旅立って少しした頃。ハプニングが起きました。なんと車に、ブロンドの髪に美しい筋肉をもったケンが乗り込んでいたのです。バービーはケンに戻るように言いますが、結局はケンはバービーと共に人間世界へと行くことになったのでした。

人間世界に辿り着いたバービーとケン。ローラースケートで道を颯爽と走る2人は多くの人の視線が突き刺さります。それは、好意的とは言えませんでした。バービーは自分に向けられる視線に対して、不快感と羞恥を覚えます。しかしケンはむしろ注目されることに酔っているかのようでした。

工事現場の前を通りすがったとき、バービーはさぞ多くの女性たちが働いているだろうと思い彼らに話しかけます。しかし女性は一人もいません。働いているのは男性ばかり。しかも下品な返事をされてしまう始末です。バービーは自分が思い描いていた人間社会と、現実の違いに気付き始めるのでした。

バービーは自分の持ち主であるサーシャを探すことにしました。バービーが思いを馳せると、サーシャの記憶が届きます。そして彼女が学校にいることがわかり、バービーとケンは学校へと向かうことにするのでした。

一方、現実世界のマテル社では新しいバービーについて、会議が行われていました。自立したバービーは…なんて話しているの社長や重役たちは、皆おじさんばかりです。そこへ、バービーとケンがバービーランドから現実世界に来てしまったことが知らされ、大騒ぎです。一刻も早く、バービーをマテル社に連れてきて、バービーランドに返さなくてはなりません。彼らはバービを捜索するために動き始めるのでした。

バービーとケンはサーシャの通う学校へとやってきました。そしてバービーはサーシャを見つけ出したのです。そして、自分がバービーであることを伝えますが、サーシャは怪訝な顔をしています。

サーシャ「バービーは迷惑だよ」

バービー「迷惑?なぜ?

「いいよ。教えてあげる。あんたは女の気持ちを逆なでする」

「その逆でしょ?」

「最悪な手本だよ。性的だし、その体系を理想化させた」

「それは定番タイプのバービーだけ。ほかにもいろいろいる」

「あんたは何?」

「私は定番タイプだけど」

フェミニズムを50年 後退させ、女子の自信を奪い、大量消費をあおり、環境破壊してる」

「私は女の子をハッピーでパワフルにしたいの」

「元々パワフルだし、バービーはとうに卒業した。このファシスト!」

会えたことを喜びハグされることを期待していたバービーですが、その期待はすべて打ち砕かれ、更に自分の存在がいかに時代遅れでナンセンスな存在かを説かれ、バービーは落胆し涙を流しながらその場を後にするのでした。

その頃、ケンはとある女性に声をかけられました。敬語で時間を聞かれるということに衝撃を受けていたのです。バービーランドでは自分に対して敬語を使われることも、頼られることもありません。そこでケンは現実には男社会があることを初めて知るのでした。そして図書館にある男性にまつわる本を数冊手にして、学校を一人で後にするのでした。

「”男社会”は初耳だ。それって男と馬が仕切ってる?道が開けた」

ケンはバービーランドと現実社会の男性では、扱われ方が正反対であることに気がつきます。現実社会では社会は男性が中心に回っています。

ケン「高度で高収入な仕事をくれ」

サラリーマン「MBAが要る。博士号も」

「”男”でも?」

「今の時代、逆に不利だ」

「男社会を回せてないのか?」

「そんなことない。回してるさ、それをうまく隠してる」

ケンはバービーランドに戻り、ケンたちにこのことを知らせなければと思いつき、バービーを置いて一人旅立つのでした。

バービーはついにマテル社の人間に見つかってしまったようでした。サーシャの目の前で、バービーが専用の車に乗せられていくところを目にしました。それを迎えにきた母にぽつりとつぶやきました。

迎えにきた母親はマテル社の会議室の受付をしている女性でした。そのため、バービーがバービーランドからやってきていたという事実を知っていたのです。母親はバービーを助けようと車を降りますが、目の前で車は去って行ってしまうのでした。

バービー「すべてが逆よ。男は私を品定め。女には嫌われ、変人扱いで逮捕される」

バービーは迎えの車がマテル社であったことに安心しきり、一連のことを彼らに愚痴ります。そしてついにマテル社の最上階にある会議室にやってきたのでした。社長や重役たちは、バービーに箱に入れば元通りになると言い、バービーに箱に入るようにすすめます。

バービー「女性の偉い人に会いたい。CEOは?」

CEO「私だ」(高齢男性)

「財務部長は?」

「僕だ」(男性)

「業務部長、バービー担当は?」

バービーも元に戻れるのであればと箱に入ろうとしましたが、その前にバービーには やりたいことがありました。マテル社で活躍する女性社員に会っておきたかったのです。しかし、重役にいるのは男性ばかりです。

バービー「女性はゼロ?」

CEO「君の考えはハッキリ読めた。私としても遺憾だ。女性で成り立つ会社なのに。90年代には一人いた。…もう1人いたな。いつか別の時に。つまり2人はいた。女性が築いた礎で、このそそり立つビルができた。ジェンダーレストイレは山ほどあるし、皆女好き。私は母から生まれた、立派な息子。女のおばさんの甥っ子だ。親友はユダヤ人。とにかく…箱に入れ、このアマ!……ポリコレ違反?」

バービーはここから逃げ出すことにしました。彼らを騙して部屋から抜け出し、とある1室へとやってきました。ビルのとある1室なのに、一軒家のキッチンがあるようです。そこで一人の老婆が作業をしているようでした。彼女は考え事には食卓が一番であり、仕事も、それ以上のこともしていると言います。そしてバービーを見て言うのでした。

老婆「あなた変わったみたい」

バービー「今は見た目が完璧じゃないから…」

「そうかしら。そのままで素敵よ」

「人間界は思ってたのと違う」

「それは当然、その方が面白い」

バービーと老婆が話していると、部屋の外で物音がしました。バービーを探しているCEO達が近くへとやってきてしまったようです。老婆の助言を受けてバービーはマテル社から抜け出すことができました。

マテル社の目の前には1台の車が止まっていました。サーシャとサーシャの母 グロリアがバービーを探してやってきていたのです。すぐさまバービーは車に飛び乗って、逃げ出すのでした。車中で3人で何があったのかを話していた時のことです、グロリアが最近バービーで遊んでいたことを告白します。

グロリア「最近寂しくて、バービーを見つけて…」

サーシャ「寄付したはず」

グロリア「人形遊びしたり、お絵描きした。楽しもうと」

バービー「で?」

グロリア「悲しくて変な気分に。絵も変になった。あなた(バービー)にはなれないから、私に似せたの」

バービー「死を考えたり、セルライトができた絵を描いた?」

グロリア「描いた!”死を考えるバービー”」

バービー「それよ!」

グロリア「セルライトのも…!」

バービー/グロリア「「あなた/私 のせい?」

バービーの異変はサーシャではなく、グロリアの影響だったのです。

バービー「女性に謝るわ。人間界をよくしたと思ってた。実際はひどい有様ね」

グロリア「でもバービーは夢をくれた」

バービー「私は女性の味方よ」

サーシャ「女は嫌われてる。男も女もお難を嫌ってる」

バービー「本当?」

グロリア「それは言い過ぎ」

サーシャ「目を覚まして」

マテル社はバービー達のすぐそこまで追ってきています。何とかグロリアのドライブテクニックによって撒くことはできましたが、このままではいけません。

バービーは3人でバービーランドに向かうことにしました。来た道を帰り、辿り着いたバービーランド。しかしそこはバービーが知る世界ではありませんでした。

ケンは現実世界では家父長制であり、社会の主権的地位にあることは男性であることを知りました。今までバービーランドでは軽くあしらわれていたケンたちは、溜まっていた鬱憤を晴らすべく、他のケンたちも巻き込み男性優位の社会を作り始めたのです。

そしてこれまで総理大臣や権威ある職種についていたバービーたちも洗脳されたかのように思考を辞め、メイドや、ケンのマッサージ、ガールフレンドといった役割にかえられてしまっていたのでした。そしてそれに疑問すら持っておらず、幸せすら感じているようでした。バービーたちの家はケンたちに占領され、バービーランドはケンダムへと変わってしまったのでした。

バービー「変化なんか望んでなかった」」

グロリア「変わって当然よ、それが人生だもの」

「そんなの怖い。変化はイヤ、私の人生には必要ない。イヤよ。変化なんか要らない。ここに座って待つ。リーダー系のバービーが正気に戻って混乱がやむまで」

「気持ちは分かる。人間やってるとよくそう思う」

「もうほっといて。自分の混乱した世界に帰ってよ」

サーシャ「諦めるの?」

バービー「そうよ」

サーシャ「同情しかけたけど結局ダメなバービーだね」

グロリア「もう帰ろう」

そうしてグロリアとサーシャは来た道を戻っていくのでした…

感想

バービーの家は眩しいくらいピンク色に埋め尽くされ、まさにバービーの世界でした。バービーは人形ですから、階段を使うことはありません。2階から1階へは滑り台を使うか、ふわりと空を舞って そのまま車に乗り込むのです。確かに人形遊びをしていると、階段をちまちま降りることはしませんよね。そういった人形らしい動きが、見せ方として面白かったです。シャワーシーンも浴びている様子だけで実際は浴びてないし(水は出ていない)、飲食もふりだけ。だからコップに口は付けないというのも表現として面白かったです。

バービー人形にはいろいろな種類がいるというのは、ときたまニュースで拝見していました。性別や体型、肌や髪の色にバリエーションがあるだけでなく、車いすに乗っていたり義肢をつけているバービー、ダウン症をテーマにしたバービーと本当に様々です。ですから映画の中でも車いすに乗ったバービーやマーメイドのバービーなど本当にさまざまなバービーが出てきていました。その辺りも多様性に配慮してきたというマテル社の歴史をわかりやすく伝えられているように思います。

はてさて内容について。ラストのネタバレになってしまいますが、バービーランドの大まかな流れとしては女性(バービー)中心社会→男性(ケン)中心社会→女性(バービー)が中心の社会に戻るが、男性(ケン)達にも少しずつ権利を渡す社会となっています。ラストは性別は逆ですけど現実みたいですよね。

バービーが自分を取り戻すために、グロリアが励ますシーンが印象的でした。

バービー「私はもう美しくない」

グロリア「とてもきれいよ」

「定番レベルの美しさじゃない」

「でも美しい」

「見た目もダメだし、賢くなくて魅力がない」

「賢いよ」

「脳外科医でも飛行士でもない、大統領でもない、最高裁判事でもない。私には何の能力もないの」

「女でいるのって苦行よね。あなたは美しいし、頭もいいのに劣等感に苦しむなんておかしい。女は常に素敵じゃないといけない。でもなぜかうまくいかない。スリムでも痩せすぎはダメ。”痩せたい”は禁句。いうなら”健康的になりたい”、でもスリムじゃなきゃダメ。お金は持つべき、でもガツガツしちゃダメ。偉くなれ、偉ぶるな。リーダーになれ、でも下の意見を聞け。母親業は楽しめ、でも子ども自慢はダメ。キャリアは持て、でも周りの世話もしろ。男のワガママに付き合え。指摘すれば文句扱いされる。美しくいろ、でもやりすぎるな。男にモテすぎると女友達の脅威を与える。目立っちゃダメ。常に感謝すること。世の中不公平だけど、それは飲み込んで感謝しろ。老けちゃダメ。失礼なのも、気取るのも、自己中も、挫折もダメ。失敗も、怖がるのも、はみ出すのもダメ。苦行だし、矛盾してる。でも評価も感謝もされず、結局うまくいけなくて、女が悪いせいにされる。もうウンザリ。自分だけじゃなく、あらゆる女性たち全員が人に好かれようと苦労するのを見たくない。そしてそれが全部人形にも当てはまるわけ?あなたは女性をかたどったそんざいだから?ならお手上げ」

この言葉をきっかけに、洗脳されたバービー達は本来の自分達を取り戻します。

まずは「めっちゃわかるわ…」という気持ち。「女はこうであるべき」という圧はどの国にもどの年代にも多かれ少なかれあるでしょう。ジェンダーギャップについて深堀するつもりはありませんが、そういう圧へのストレスが言語化されることで、自分の中でカタルシスが起こる。良いシーンだと思います。

その反面、これは”女”だけに当てはまるわけではなく、”男”にだって当てはまる話ですよね。”女でいるのって苦行”っていうよりは”社会で生きていくのって苦行”のほうが、本来の言葉なのかもしれません。この映画の特性やシーン上、仕方のない構図なのですけれど。なんかひっかかるものも、ありました。

バービー「男社会での理不尽な女性像を言語化したら、洗脳が解けた」

そしてこのシーンで洗脳が解かれるのはバービーも同様です。彼女もまた”自分は定番バービーで美しく完璧な存在でいなければならない。そしてそれ以外は何の能力もなく、賢くない”という呪いを打ち破って立ち上がる…みたいな。私はどちらかというと、こちらのシーンの方が刺さるものがありました。

自分に当てはめて考えるような美貌を持ち合わせてはいませんけれど「私には何もない」という呪いは、私自身も感じるものがあるので、バービーのように打ち破れたら…と思いました。

もちろん映画のラストにはバービーだけでなくケン(男性たち)が救われるターンもあります。ほんの少しですけれど。だから最初から最後まで「女上げ、男下げ」というわけではないです。でももう少し平等に近づけてほしいなぁ…とは思ったものです。

テーマはジェンダーギャップ、そして着地点としては”何者か”である必要はない。といったところなのでしょうか。私は私、ケンはケンみたいに、自分でいることが幸せであるということなのでしょう。でもその私を構築するのは内的要因だけでなく、外的要因もあって難しい問題だなぁと。

そもそもこの映画とどこまで真剣に向き合えばいいのかが私にはわからなかったんですよね。フランクに接したらいいのか、それとももっと深く考察した方がいいのか。考察しだしたら、それなりにあると思うのですが そこまで深くもないよなぁ…と。

例えば終盤にバービーがこれでもか!とシャネルで埋め尽くされているシーンがあるんですね。シャネルは女性の自立の象徴であって、男性社会に頼らないで生きていく…的なことなんだろうなぁと思うのですけれど、ここまであからさまだとただの宣伝なのか…?と思ってしまったり。シーンごとのメッセージ性がかなり強いので、素直に表面だけ見ていればいいような気もする。

またラストが恋愛エンドではないところも、最近のブームだからやっているのか、それともそれが伝えたかったメッセージなのか…。いや、まぁそういうメッセージを伝えるためのシーンでそれがブームなので両方っていうのは、理解しているんですけれど。本当にそれが伝えたかったメッセージなの?って思ってしまうんですね。恋愛エンドにしない=女性の自立ではないので、そこのところは 履き違えないでほしいなぁなんて思いましたね。

音楽も良いし、衣装も可愛いし、まぁ概ねハッピーエンドだし、良かったといえば良かったです。ただCEO達のシーンは本当に不気味で不快だったので、その辺りは次は飛ばしてみたいと思います。

あ、そういえば今回も吹替で見たのですが、ナレーションが榊原良子だったのは個人的に好きポイントです。榊原さんといえば、『風の谷のナウシカ』のクシャナの声や『機動戦士Zガンダム』のハマーン・カーンなどの声をされています。榊原さんのお声、好きなんですよねぇ❀

高橋留美子さんの『犬夜叉』では殺生丸様の母上の声もされています。原作を読んでいたときから、これはもう榊原さんしかいないのでは…?と思っていたので、本当にお声を当てているのを見たときは嬉しかったものです。もう想像通りの、いえそれ以上の御母堂様が見ることができて、幸せでした…❀

よもやま話

冒頭で少し触れた、幼い頃に持っていた人形の中に1体バービー人形があったことを覚えています。確か、車のおもちゃについてきたものだったと思います。ショッキングピンクのボックスカーと褐色の良い肌に抜群のプロポーションをもったバービー人形。それまではセーラームーンの着せ替え人形で遊んでいたので、スタイルの差を子どもながらに感じました。

そこで日本人と海外の人では肌の色も体型も違うんだなぁ…なんて。今にして思えば、人それぞれだと分かるのですが、当時の自分が知っている世界は極端に狭いですし、調べようもなかったですからね。それくらいバービー人形のプロポーションは衝撃的でした。それが理由かはわかりませんが、あまりに自分とはかけ離れたバービー人形で遊ぶことはほとんどなかったように記憶しています。

ですのであまりバービー人形との思い出は無いのですけれど、これからバービー人形がどのような変遷をたどっていくのかは、遠巻きながら見守っていきたいなぁと思っております。