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シンプリストになりたいのです

本・『一汁一菜でよいと至るまで』の感想

専業主婦の私にとって、一番の業務は毎晩の夕食づくりです。幸い夫から「まずい」と文句を言われたことはありませんし、たとえ失敗しても「今回が失敗ということであれば、また今度リベンジということで」と言って私を責めることはありません。けれど、どうしても料理が得意とは言えない私。

算数であれば「1+1=2」と明確な答えがありますけれど、料理に正解はありません。これでいいんだろうか?どこまで追求すればいいんだろうか?自信もなく、けれども超絶怠惰な私にはその不安定な感覚が不快だったのです。

そんななかで出会った本が、土井善晴さんの「一汁一菜でいいという提案」でした。

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料理にはハレとケがあるという教えには救われました。祝い事のハレの料理は手を込めて、そうではない日常のケの料理は少し手を抜いて良い意味で「ええ加減」に。その日常の料理というのが「一汁一菜」というわけですね。

毎日の食事は「一汁三菜」でなければいけないと思い込んでいた私には、目からうろこの1冊でした。

今回は同著者である土井善晴さんが、どのようにして「一汁一菜でよい」という考えに至ったのかをまとめた『一汁一菜でよいと至るまで』を読みましたので、それについて綴りたいと思います。

一汁一菜でよいと至るまで はどんな本?

この本は「一汁一菜」について解説する本というわけではありません。

これまでの土井善晴さんの人生を振り返りながら、その時代ごとに自分が向き合ってきた料理について。そしてどうして最終的には「一汁一菜」にたどり着いたのか?を紐解いていくような本です。

65年の人生は、「料理で生きていこうと決心するまでの20年」「料理をつくる最前線でひたすら没頭した20年」「料理指導を通じて料理を考え続けた20年」と大まかに三つに分けられるように思います。そして、そのあとの現在は、一汁一菜を提唱した後の、今に続く食事と料理を深く考えるようになった年月です。

(P5より引用)

第一部『料理は一生のもの ―― 父、土井勝の名の陰で』ではお父様の土井勝さんがどれだけすごい方だったかという紹介から、お父様をきっかけに広がった知識・人脈の輪についてなどに触れられています。

また土井善晴さんご自身の ~高校生時代や、料理関係のお仕事を目指すに至るまでも綴られています。

第二部『料理って、こういうことなんだ ―― フランスでの料理修行』では、大学時代にスイスへ留学された際のお話から始まります。スイスでの料理修行、そしてその後のフランス料理との出会いなどです。

フランス料理から、料理とは何か?自然とのつながりは?料理の価値とは…?と広がっていきます。

第三部『料理の「顔」と「目的」を見極める ―― 味吉兆で学んだこと』。日本に戻ってから自分がいかに日本料理を知らないかに気付き、味吉兆というお店で修行を始めてからのお話。

日本料理ってそもそも何なのか、厨房とはどんなものなのか、修行時代はどんなものだったのか、そして何を得たのかなど盛りだくさんな内容が綴られています。

第四部『家庭料理とは、無償の愛です ―― 料理学校で教える立場に』では、味吉兆の修行を辞め、お父様が運営されていた料理学校の手伝いすることになってからのお話。

日本料理と家庭料理の違いとは、そもそも家庭料理とはいったい何なのか。そして家庭料理と向き合う中で、最終的にどうして一汁一菜を提案するに至ったのかが綴られています。

 

土井善晴さん はどんな人?

土井善晴さん。料理番組などをみる方でしたら、目にしたことがある方が多いのではないでしょうか。私も昔NHKの料理番組を拝見したことがあるのですが、いつも笑顔で優しそうな方という印象でした。

1957年に料理研究家の両親の家に生まれて、物心つく以前から、料理を心においていたと思います。

(P5より引用)

料理研究家として有名な土井勝さんを父にもつ土井善晴さん。大学在学中に語学留学という名目でスイスのローザンヌへ留学、ホテルのレストランの下働きをされます。日本に戻り、大学を卒業後は神戸のレストランで修行をすることに。

神戸のレストランで出会ったシェフのツテから2年ほどフランスへ。フランスのリヨンにいるアレックスさんという有名なシェフのもとへホームステイをされます。そこで格式高いフランス料理だけでなく、フランスの家庭料理にも詳しくなります。

日本に帰国し、料理番組や料理学校で多忙な父の手伝いをすることになります。しかし、自分が日本料理に対して詳しくないということに気付きます。そこで大阪 味吉兆で修行をすることに。

その後、父が経営していた料理学校を手伝うために修行を終える。しかし今度はプロがつくる日本料理と家庭料理の間で葛藤することに。さらに「食」について研究を深めるきっかけとなる。

料理学校勤務後も「おいしいもの研究所」を設立。和食文化を未来につなぎ、持続可能な家庭料理のスタイルとして「一汁一菜」を提案するなど、食に関して様々な情報や考え方を発信されています。

個人的に気に入ったところ

歯医者の先生からもらった1冊の本について。

嶽北先生と出会ってこの本をプレゼントされなければ、私の料理研究の行き先は相当違っていたでしょう。それは、『食生活と身体の退化 未開人の食事と近大職・その影響の比較研究』(W・A・プライス著、豊歯会刊行部、1978年、アメリカでの原書観光は1939年)で、嶽北先生の師匠の片山恒夫先生が翻訳し、自費出版されたものです。

内容はアメリカの歯科医師、プライス博士のフィールドワークを土台にした論文で、アメリカンインディアン、ニュージーランドマオリ族、オーストラリアのアボリジニーエスキモーなどの「未開人」が、入植者(西洋人)が持ち込んだ西洋の近大職に触れて何が起こったかの記録です。(「未開人」と記すのは憚られますが、「未開の人間、つまり原始的な条件のもとで生活を営んでいる部族…と序文にあるままに記します)。

古来の暮らしを続けている部族の村に、入植者が利用するスーパーマーケットができると、それまでになかった問題が村の中で起こります。自然と適合し暮らしてきた彼らが「文明食」に出会うことで、顎が十分に発達せず歯並びが悪くなるのです。咀嚼がこれまでのように行われず、親の顔だちは変わってしまう。人間は伝統ある良き食べ物によって健全な体が受け継がれるのですね。それが長年問題なく続いて、その継続が安全でもある。だからこその伝統なのでしょう。

食の変化で失うのは親に似た顔形だけでなく、精神的な強さもでした。そうした心身の劣化は、人間同士の友情、生活習慣、価値観、文化にも影響を及ぼします。暮らしの秩序を失い、犯罪が増え、それまでと違う病気も生まれます。

(P40-42より引用)

現代の日本でも同様のことを耳にしたことがあると思います。戦後日本に導入されたアメリカナイズされた食文化によって、肥満や生活習慣病が増加したといった内容は耳にタコではないでしょうか。

ユネスコ無形文化遺産に「和食」が登録されているというのは、記憶に新しいことだと思います。その和食の特徴4つの中の1つにこんなものがあります。

健康的な食生活を支える栄養バランス

一汁三菜を基本とする日本の食事スタイルは理想的な栄養バランスと言われています。また、「うま味」を上手に使うことによって動物性油脂の少ない食生活を実現しており、日本人の長寿や肥満防止に役立っています。

(農林水産省のHPより引用/「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されています:農林水産省: https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/ich/)

日本人の伝統的な食文化が崩れてきた結果が今だとすると、日本料理を意識するということも健康につながるのでは…?と思っています。

 

自然と人間の間に料理があるというあたり前のことを教えてくれたのです。森にキノコが生え、野鳥が飛び、畑には季節の野菜や果物があって、調理場で愛おしみつつ、下ごしらえする。料理ってこういうことなのだと、実感できました。

(P101より引用)

フランスのロワイエット村にあるレストラン・ラテラースでのお話。昨今の暮らしの中ではつい忘れてしまうことですよね。私達が食べているものはすべて、自然の中から生まれたものであること。

魚も切り身を見慣れてしまって、その魚が本来どんな姿で泳いでいるのかも知らない…なんてことが多々あるそうな。私も切り身であれば魚の判別はべきるかもしれませんが、魚の姿なら難しそうです。

自然とのつながりは忘れないでいたいですね。

 

「ガストロノミ」という言葉は、美食術(学)と翻訳されていますが、2010年にユネスコの世界無形文化遺産に登録されたフランス人の食の概念です。「ガストロノミ」とは、単に贅沢なおいしい料理を食べることではなく、よりおいしく食事をする慣習で、自然との恵みとの調和、料理とワインの組み合わせ、食器のセッティング、マナーなどと共にある食事文化ですから、フランス人のアイデンティティそのものです。日常の生活の中に当たり前にある人生の哲学を礎にして、芸術と生活を結び付けているのです。

(P102-103より引用)

食文化についてあまり明るくないため、ガストロノミという言葉を初めて聞きました。おいしい!栄養満点!とかそういうベクトルで私は料理を見てしまうのですけれど、フランスの方々はその上(?/上下ではないかもですが)をいく概念をお持ちなのだと、勉強になりました。この辺りはまた深堀してみたいなと思います。

 

全力で仕事していると、体力がついてきて身体が正確に動かせることを実感できます。少し余裕が出てくると、先輩の動きと、自分の身体の使い方(音やリズム)の違いに気がつくのです。力任せにするよりも、力を抜いて、床のタイルの目に沿って縦横に磨いた方が実際きれいになるとわかる。手が自由自在に動いて合理的な作業ができてくると、仕事は楽しくなってくる。鍋磨きも同じで、力を入れて磨くよりもきれいにしてやろうと思えるようになると、タワシがいい音を立てて鍋が光り出す。そうなると、鍋や道具にも愛情をもてるようになってきます。調理場や道具をきれいに手入れしておけば、不思議なことに、仕事に追い込まれた時に道具が味方してくれ、自分(の仕事)を守ってくれていると感じるのです。

(P114より引用)

先日、たけのこご飯を琺瑯鍋で作ったところ盛大に鍋に焦げ付きました。幸い、おこげがあるたけのこご飯には問題なかったのですが、鍋の方は大惨事。なかなか焦げ付きがとれません。重曹を使ってみたり、ブラシでこすってみたり…。でも力任せにどれだけこすっても取れないんですよね。

最終的には無事、綺麗にすることができました。しかし、その時にただがむしゃらにこすっていてはダメなんだなとふと思いまして。思考を巡らせて、どうすればいいのか考えて、道具に愛着を持って接しなければ汚れは落ちないのだとしみじみ。こういったことが自然とできる境地に立ちたいなぁと思ったりも。

 

食材の鮮度が落ちないように手早くする、その前提として手は抜けません。もちろんお客さん第一で時間に間に合わせることは必要ですから、時には、1時間かかる仕事でも10分でなんとかしなくてはいけないこともあります。融通を利かせていつでも臨機応変に最善を尽くす。それができないと「間に合わんやっちゃなあ」となるのです。誰かが補ってくれている内は、仕事をしていることにならないのです。

おまけに、丁寧も度が過ぎれば「くそていねい」、真面目も過ぎると「くそまじめ」になるんです。「どんなええことでも過ぎたらあかん」。だめなんですね、なんでもちょうどいいところを、自分で見つけなあかんのです。そういう意味で、「ええ加減(にしなさい)」という言葉は真理です。「ええ加減」は、常に自分で判断することですから、ほんまのところは、何も悪い意味やないんです。

(P115-116より引用)

冒頭で料理にはハレ・ケという考え方があって、ケの料理は良い意味で「ええ加減」であることについて触れました。良いことも悪いことも過度であると、それは「ええ加減」ではなくなってしまう。

私はどうしても良いことを極めなくては…!と息巻いてしまうのですけれど、もうすこし「ええ加減」になれたらいいなぁと思います。とはいえ、それを求めるとそればかりに気を取られて「ええ加減」を追求しなくては…!みたいになってしまうので、自分でも面倒な人間だなと思います。怠惰な自分と息巻く自分との調度いいバランスを見つけたいものです。

 

「水晒し」の起源は、どんぐりを貯蔵し、水に晒してアクを抜いて食べた縄文人の暮らしに遡ることができます。縄文人にとってアクは、苦くてエグくて、体を傷つける「悪」でした。日本料理は煮炊き文化です。縄文土器で煮炊きしてアクを抜くことで、食べられないものが食べられるようになる。アクという毒素をのぞいた浄い状態、掃除して整ったところに、神様がおりてくると信じたのでしょう。

日本文化では生々しさを嫌う傾向があります。静かなものを好むのです。味覚に心奪われないようにしたのかもしれません。強い刺激は感性を奪います。懐石料理でこのアク抜きを徹底するのは、日常の親しみから離れた、非日常のきれいなお料理の世界に入るためです。舞妓や芸妓の白化粧や、神世と現世の仮死状態にも通じます。あの世とこの世をつなげるもの、それが縄文時代以来行われてきた「澄ませる」意味だと思います。

(P138より引用)

日本のハレの料理。例えば懐石料理であったり、お吸い物って透き通るような美しさがありますよね。と、言いつつそんなに食べたことがあるわけではありませんけれど。

若いころは味が濃くて、見た目にもインパクトがあって、という料理を求めていましたけれど、それもどんどんと薄れてきました。旬の食材を食べるにしても、和食でいただくことが増えているなぁとしみじみ。先ほどあげたたけのこご飯もそうですけれど、福神漬けを自分で漬けるようになったり、随分と家庭的な料理を求めるようになったものです。

老けたわぁ~みたいな意味ではなくて、体がどんどんと自然を求めるようになってきたのかなぁと思っています。昔は刺激的なものに中毒的になって求めていましたけれど、今は自然と身体が本来求めているものに寄り添えるようになってきたのかなと。とはいえ、まだまだですけれどね。少しずつ、澄んだものを体に入れることが習慣になるといいなぁ。

 

そんなあるとき、京都の東山区五条坂鐘鋳町にある河井寛次郎記念館を訪ねました。記念館は、寛次郎自身が設計し、家族と過ごし、作陶し、多くの客人を招き入れ、喜びに溢れる暮らしをした場所です。そこにあるもののすべてが美しく調和し、とても居心地が良く感じます。そのとき私は民藝の意味もまだ知らなかったのですが、河井寛次郎の作品とともに展示されていた、寛次郎の言葉に出会うのです。

「仕事が仕事をしています……苦しい時は仕事にまかせ さあさ吾等はたのしみましょう(仕事のうた)」「物買って来る 自分買って来る」「美の正体 ありとあらゆる物とこととの中から見つけ出した喜」「美を追わない仕事 仕事の後から追ってくる美」「美しいものしか見えない眼」そうした言葉が私の胸には響きました。

美しいものを追いかけると逃げていく、淡々と仕事する後から美は追いかけてくる、それが仕事だというのです。一生懸命生活し、一生懸命仕事した場所が、これほど美しいとは。その美しさは、素朴で、無骨でしたがとても温かく微笑んでいる。物が呼吸し生きている。その一生懸命の結果の美しさにハッとしたのです。

ああ、自然と繋がる家庭料理は民藝なんだ。

それは私にとって大発見でした。普通の家庭料理がある暮らしがどれほど美しいものか、人間の原点を見たように思えました。家庭料理研究の先には、とても豊かな展望が拓けているのではないか。

(P176-177より引用)

「家庭料理は民藝」。わかったようで、どこか掴み取り切れていない感覚が残りました。これは本の問題ではなく、自分の知識不足です。民藝が何か、食が何かが私にはまだそもそもの土台が足りていない。この辺りは、改めて深堀したい。そのためには、基礎知識をつけなくては…!ということで。記録しておきたいと思います。

 

美とは何かを考え抜いた柳宗悦と同じように、料理の美を民藝の美と重ねて、美とは何かと考えました。民藝は美の問題ですから、料理もまた美の問題なのです。一流の料理人を目指して修行した頃のプロの料理に対する強い思いもありましたが、もっと大きな家庭料理の世界があることに少しずつ気づいていったように思います。

(P178より引用)

民藝のお話に引き続いてですけれど、美って何でしょうか。普段から「綺麗だね」「美しいね」って言うことはありますけれど、この辺りを深く考えたことってなかったなぁ。自分の中の美ってなんだろう?この辺りも深堀したいなぁと思います。

 

『祝いの料理』の出版を経て、日本の伝統的なハレの料理に注目することで、日常のケの料理の意味を改めて考えることになりました。

それは、私の料理観を分類整理することにもなり、意識しないうちに展開していきました。フランスの三ツ星レストランやビストロ、そしてフランスの家庭料理、日本汚家庭料理と、最高峰といえる料理屋の仕事、そして日常の中のケ・ハレの料理、といった項目で一つの食文化を多角的に見る視点が、私の中にいくつも生まれていました。

多様な料理観のそれぞれを掘り下げながらもブレなかったのは、『食生活と身体の退化』で読んだ民族文化それぞれの持つ食の形にあったと思います。料理とは好き勝手にしてよいものではありません。一つの料理、一つの調理には意味があり、幾つもの観点があるのです。それだけ複雑で、一元論的に考えられるものではないのです。

ここまでの体験や学術的な考察のおかげで、ようやく自部の立ち位置がわかってきたということなのです。それが、家庭料理を研究するという立場です。

でも、民藝と結ぶ家庭料理は、地球と人間の命を繋ぐものです。家庭料理ではお金はいただけません。お金を貰えば家庭料理ではなくなります。家庭料理の現実は愛情にあるのです。もちろんお金をいただく仕事もまた厳しいもので簡単ではありませんし、大事なのですが別ものなのです。

(P215-216より引用)

私は料理するという人間の行為そのものに興味があるのです。「人間は、何を思い、何を料理してきたのか」という料理する人の気持ちを深く考えて書かれた本は一冊もありません。日々の料理は単なる楽しみ、快楽(欲望)であると軽んじられ、なめられてきたのです。

私の仕事は料理研究です。フランス料理や日本料理の現場で修行した後、家庭料理指導者という命を育む料理の仕事をしてきました。和食は何もしないことを最善とするといったことをすでに書きましたが、その思想は原初よりの人類の行為としての料理と一致して、お金を取ることはありません。家庭料理は無償の愛の行為だと言えるのです。お金を取れば家庭料理ではありません。ゆえに経済行為としてあるプロの料理に対して家庭料理は純粋料理、原初の料理です。

(P229より引用)

日常のことですので、そこまで深く考えたことのなかった家庭料理。食材や栄養なんかに注目することはあっても、家庭料理の重要性についてそこまで考えたことって10代、20代の頃はありませんでした。

夫が仕事から帰宅するのは早くても20時を超えます。遅い日では23時くらいになることも。それでも夫は飲み会の日 以外は我が家で夕食を摂ります。私は夕食をいただかないことの方が多いので、一緒に夕食を摂るということは致しません。

けれど、用事が住んだら一緒に食卓を囲むようにしています。夫からの要望なんですけれどね。一人で食事をするのは虚しいんだそう。そんなわけで私も食卓を囲み、だいたいはその日あったことの報告や、ポケモンスリープ(ゲーム)についての雑談をしています。

無償の愛と言えば大仰な気もしますけれど、これもその延長なのかしらん。大切にできるうちは、大切にしていきたいものです。

感想

一見すると土井善晴さんの自伝のようにも見えますが、読んでみると少し違うことがわかります。論理の流れをたどっているような感覚と言えば伝わるでしょうか。その時々での考えがあって、最終的にこうなったというのがよくわかる1冊でした。

どちらかだけを読むのではなく、可能であれば両方を読んでいただければ、より深く「料理」というものを理解できるように思います。

個人的に一番面白いなと思ったのは第三部の味吉兆で修行されているときのお話。厳しいながらも夢を追いかけて一意専心するお話は、文章で読んでもかっこいいと思いました。

これを読めばお料理に関する問題がすべて解決!というわけではありません。けれど、こういう考え方もあるという、別の道を知っているだけで少し楽になります。自分のやる気ばかりが暴走して困ったときは、「でも土井善晴さんが一汁一菜でええって言ってはったし」とブレーキにもなるように思います。

今日の夕飯も、気楽に頑張ろう❀