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シンプリストになりたいのです

本・猫と私 の感想

以前、映画『Flow』の感想のときにも少し触れたのですが、私はたぶん猫アレルギーです。犬も猫も兎もハムスターも、もふもふしている生き物は大抵好きなのですが、猫に触れると目が痒くなったり、喉がイガイガとしてくたりするので撫でくりまわすことができません。遠目に見て、あぁ可愛いなぁ…もふもふしたいなぁ…なんて思う存在。かなわぬ恋です。

友人が数年前に美しいベンガル猫をお迎えして、今も家族の一員として大層かわいがっています。彼女が言っていたことで印象に残っているのが、猫をお迎えしたことで保護猫や多頭飼育による問題について興味関心を持つようになったというお話。ある意味で当事者になったことで広がった世界なのだろうなぁと、ふと思ったことを覚えています。

そんな”動物をお迎えする”ことに関する著書、椹野道流さんの『猫と私』を拝読いたしました。感想をネタバレ交えて綴っていきたいと思います。

どんな本?

優しくてほっこり、けれどリアルな猫との日々。スペシャルなエッセイ集!

「とびちゃんが、子猫を連れてきた!いっぱい!」

作家として非常勤講師として、忙しい日々を送る椹野道流さん。突然の母のことばが、波乱の幕開けでした。実家の近くに現れた美しい猫、通称「とびちゃん」が産んだのは、色も柄も違う、個性豊かな五匹の子猫だったのです。

なりゆきで、椹野さんはとびちゃんの子育てを手伝うことに。けれど警戒心の強いとびちゃんは、近寄らせてもくれなくて…。

(Amazonより引用)

猫と私

猫と私

Amazon

ネタバレを交えた感想

本書で3冊目となる椹野さんのエッセイ。私にとって、これまで読んだ『祖母姫、ロンドンへ行く!』、『あの人と、あのとき、食べた。』はお気に入りの本になりました。

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『祖母姫』はロンドン旅行とおばあ様について、『あの人と』は家族と食についての本と言えばよいでしょうか。そして本書『猫と私』はタイトルの通り猫がテーマです。

X(旧Twitter)で椹野さんをフォローしているのですが、毎日のように猫ちゃんたちの写真が更新されています。それも1匹、2匹ではなくたくさんの猫と暮らしていらっしゃるようです。そして、ポストの最後には#N機関 と書かれていることが多いのですが、最近フォローしはじめた私にはなんのことやら。その謎についても、本書を読むことで解決いたしました。

登場人(猫)物

この本の舞台となる二階建ての一軒家には、現在、六匹の猫と一人の人間が暮らしています。

まずは、猫たちからご紹介しましょう。年齢不詳(たぶん、子供たちより一、二歳年上)のママ猫、とびちゃん。白黒ハチワレの、小柄な美人です。

そして、とびちゃんの子供である四きょうだい(みんな、二〇二六年に九歳になります)。いずれも風変わりな名前ですが、名付けの理由については、後ほど詳しく。

生まれた順番をこう決めた理由も、そのときに申し上げることにします。

(P10より引用)

椹野さんのご自宅で暮らしているのはママ猫のとびちゃん、そして長男の甘利兄さん、次男の福本、長女の実井、次女の波多野。更に、猫家族に4年前に加わった新末っ子のちびすけ だそう。なんと6匹もおられたとは!Xでみる分には、椹野さんによく懐いて、元気に仲良く幸せそうに暮らしているようです。

本書は今紹介した6匹が椹野さんと出会い、そして一緒に暮らすまで、そして暮らしてからどういったことがあったのかが綴られています。

この家では、人間が圧倒的マイノリティということになります。つまり、私の立場は…とても、弱いのです。

過去には犬と暮らしたこともあるので、いわゆるペットに対しては、人間が確固たるイニシアチブを握り、きちんとしたしつけをしなくてはならない‥‥そう思っていました。

ですが、猫は違うのです。自由で、気ままな生き物。世界の頂点に君臨していると信じて疑わない生き物。なんなら、我が儘が通るのが当たり前だと思っている生き物。人間にできるのは、しつけではなく、共同生活において守っていただきたいルールを繰り返し伝えることだけ。それも、受け入れてくれるかどうかは猫次第といったところです。

(中略)

私は悟りました。猫たちには、「お願い」が関の山。ただし、その「お願い」を真剣に繰り返せば、ある程度は聞いてもらえるのだと。

あとは私が様々に工夫して、人類と猫が仲良く共存できる環境を生み出し、持続させるべき。そんな気持ちから、いつしか猫たちの「執事」を名乗り始め、その自称と役目は、今日までずっと続いています。

(P12~14より引用)

では一体、どういった出会いがあったのでしょうか。

とびちゃん一家 と出会い

十七年前、実家の斜め迎えに家を建てた椹野さん。けれど、当時は共に暮らしていた猫ちゃんとの兼ね合いで、実家と新しい仕事場としての自宅を行き来する生活だったと言います。そして、その2つの家に時折現れていた猫が とびちゃんでした。

まったくフレンドリーさはなく、私の顔を見ると歯を見せて唸り、近づくと素早く逃げ、それでもごはんを提供するまで、視界の範囲内をウロウロして恨めしげに鳴くというふてぶてしい行動。

私が彼女を見ると「こっち見んな」といわんばかりにシャーッと怒るくせに、あちらは鋭い目で、私の一挙手一投足を監視しています。怖い。そして厳しい!

こちらを攻撃する気配こそありませんが、指一本動かしただけで逃げられてしまっては、私の人相はそんなに悪いかい?と不安になるほど。でも、何となく放っておけない、つい守りたくなるいたいけな感じが、その猫にはありました。

空腹が解消すれば、少しは穏やかな気持ちになってくれるだろうか、慣れて近づいてくれるだろうか。できれば、家に入ってほしいのだけれど。

(P17より引用)

それから椹野さんは、とびちゃんと出会う度にご飯をあげるようになったそうです。それでもとびちゃんが懐く気配はありません。

現れたのがあまりに突然でしたし、身体もとても綺麗。金色のおめめはピカピカ、モノトーンの毛皮もツヤッツヤ。それに、「餌は人間が提供するもの」という確固たる認識がとびちゃんにはあるようで、なるほど、これは元飼い猫なんだろう、というのが私の印象でした。捨てられたんだろうな、そのとき、信頼していた飼い主に手酷く裏切られて、失望したんだろう。だからこんなに頑なに人間を拒むんだ。

(P19より引用)

捨てられてしまったのか、何かトラブルがあってその家から抜け出したのか…今となっては分かりようがありませんが、とびちゃんは何かとても辛い過去があるようです。そりゃ、人間に懐くなんて、難しいですよね。それでも椹野さんはご飯をあげつづけました。

その年の初夏の頃から、とびちゃんに異変が生じるようになりました。日に日にボロボロになっていったのだそう。ただ動物病院につれていってあげようにも、警戒心むき出しのとびちゃんを捕獲するなんて到底出来そうにありませんでした。

そんな気を揉むしかない日々は、ある朝、実家でちびたと寝ているときに終わりを告げました。母が、大慌てで不自由な足を引きずり、私の部屋に駆け込んできて言ったのです。

「とびちゃんが、子猫を連れてきた!いっぱい!」

(P20より引用)

そしてとびちゃんが連れてきた子猫たち。子猫ならば…と思いきや、とびちゃんの教育はしっかり行き届いているようで、警戒心バリバリです。子猫たちは生後一か月になるかならないかで、離乳が始まる頃なんだそう。

人間を決して信用しないけれど、猫の食事は人間が出すのが当然。そんなとびちゃんですから、「子猫たちに離乳食を食べさせるのはあんたたちの役目でしょ」と言っているのかも。かも、じゃない。たぶんそうだわ。私の推測に、母も同意しました。

(P30より引用)

それから朝夕にとびちゃん一家に食事を出す生活が始まります。けれど、それも簡単なことではありません。餌をそのまま放置するわけにもいきませんし、何より少しでも信頼をしてもらって、追々はとびちゃん一家をお家で迎えなければなりません。その道のりは長く険しいものだったそうです。

椹野さんの御実家にとびちゃんとともにやってきた子猫は5匹。子猫たちの見わけも付くようになり、まずは仮の名前がつけられました。

とびちゃんと子猫たちが、食うに困らなくなれば態度を軟化させるだろうし、保護して飼い主を探すことができるだろうと思っていたのです。だからこその、仮の名前。とはいえ、可愛い子猫たちを番号や記号で呼ぶのでは、あまりにも味気ない。

そうだ、今読んでいる、『ジョーカー・ゲーム』から採ろう!

私はそう思いつきました。柳広司先生の小説『ジョーカー・ゲーム』では、スパイ養成学校「D機関」で特殊な訓練を受けた精鋭たちが活躍します。彼らは皆スパイなので、作中でも本名は一切明かされず、皆、仮名で登場するのです。

(P56より引用)

なんと、猫ちゃんたちの名前の由来がこんなところにあったとは。N機関って何だろう?と思っていたのですが、D機関の猫(NEKO)バージョンでN機関なのですねぇ。そして子猫にはそれぞれ、甘利、田崎、福本、実井、波多野と名付けられたのだそうです。

とびちゃんと五匹の子猫たちは、全員で来るときもあり、何匹か欠けていることもあり、全く来ないときもありました。時刻も、朝ならば午前五時から八時過ぎまで、夕方は午後四時から七時過ぎまで、てんでバラバラです。たまに午後九時を過ぎてから来るときもありました。

まあこれは、猫は時計を持っていないので仕方がないことです。

(P59より引用)

とはいえ、いつ来るかわからない…ということになると、その間待たないといけないわけで。当時はまだ監視カメラを安価に手に入れたりは難しかったようで、三か所ある立ち寄り所を10分おきに見回りしながら、非常勤講師としてのお仕事もされ、執筆もされ…ととても大変だったことは、想像に難くありません。

動物保護協会

ある程度子猫が大きくなってくると、新たな問題も発生します。これまではとびちゃんの周囲で大人しくしていたな子猫たちも、活発になると行動範囲が広がってしまうのです。

事故も心配だけれど、これは人目についてしまう。どうしよう。どうしようもないな。でもどうしよう。ひとりで気を揉んでいたある日の昼間。仕事場のインターホンが鳴りました。

宅配便かな、とハンコを手に出た私が見たのは、何だかものものしい大人の一群。五人くらいいたでしょうか。その中のおひとりには、見覚えがあります。

(中略)

「あのー、お宅の実家のほうにね、子猫が出入りしてるって話があってね」

ほらー!キター!ご近所さん、殴り込みに来てしもたやん!

(P63より引用)

実際のところは殴り込みではありませんでした。ご近所の男性は当時の自治会長さんで、その他の人たちは地元の動物愛護協会の方々だったそう。

この日から、我々…つまり、私と、動物愛護協会の方々は、連携して動くことになるのですが、スタート地点から致命的な問題が発生していました。あまりに突然の訪問だったので、私が動転していたという事実がまずあります。そして自治会のほうでも、もしかしたら、動物愛護協会の活動内容をガッチリ把握してはおられなかったのかもしれません。

さらに動物愛護協会の方々も、協会員ならぬただの素人の私が、彼らの活動について無知であったことを失念されていたのではなかろうかと。

知識と情報の共有、組織の活動内容の把握、動物愛護、特に地域猫活動に対する考え方、地域猫活動に対する地元の理解度、具体的な作業の分担と、活動中に発生しうる諸々の負担について。

いずれも基本的であり、かつ重要でもあるそうした事案についての話し合いの機会が持てないまま、話が進むことになってしまいました。

私は、当時の動物愛護協会の方々の活動内容をまったく知らず、地域猫活動についても、小耳に挟む程度の知識しか持ちあわせていませんでした。

自治会長さんも、近所から「あの家が猫を放し飼いにしている。子猫をじゃんじゃん殖やしている」といった通報(濡れ衣にも程がありますが!)を受け、困り果てておられたのだと思います。そして駆けつけた動物愛護協会の方々も、私のことを「そういう困った人」だと思って身構えておられたようです。

本来、我々は「とびちゃんと子供たちが、このまま野良猫として生き、さらに子供を殖やすという事態は避けねばならない」というただひとつの厳然たる事実を既に共有していたにもかかわらず、それぞれの気持ちがまったく繋がらないまま、話が始まってしまいました。

しかも、アポなしの来訪、私はひとりなのに、先方は軍団です。少なくとも初回の訪問については、いささか野蛮だったと言わざるを得ません。

(P66-67より引用)

椹野さんは協会をフォローしつつやんわりと仰られていますが、突然家にアポイントもなく突撃して、しかも複数人でってあまりにインモラルすぎない?と私も思ってしまいます。まずは手紙とかを入れて…と段階があるでしょう。

今では関係性も改善して、協力関係にあるそうですが、私なら一度でもこんなことをされたら拒絶してしまいそう。でも、とびちゃんたちのためにも椹野さんが大人になるしかなかったんだろうなぁ…とも思います。

そこから椹野さんは引き続きご飯をあげつつ、1匹ずつ捕獲して(まずはとびちゃんを最優先に)、不妊・去勢手術し、リリースまたはリターンするというTNR活動を始められることになります。とびちゃんたちを地域猫として受け入れるための活動をすることで、少しでもとびちゃんたちの立場もよくなるかもしれません。まぁこれも言うは易く行うは難しなんですけれどね。

TNR活動と、家猫化活動と

地道なTNR活動を続け、とびちゃん以外の子猫たちは手術をし、桜耳の状態となりました。耳に楔形のカットを入れることで、手術済みであることをわかりやすくするものですね。しかし元々警戒心の強いとびちゃんが簡単に捕まるはずもありません。

そんな地道な活動が一段落し、さて、腰を据えてとびちゃん捕獲にかかろうか…というとき、猫の親子に大きな変化が起こりました。とても暑い、七月も終わりかけのある朝のことです。とびちゃんが、子猫たちを全員、いつもの実家ではなく、私の仕事場のほうへ連れてきたのです。

(P88より引用)

5匹の子猫たちはいつものように元気に食事を済ませ、さて次はママ猫とびちゃんに甘えようか…というとき。

食事が終わるなり、何故かとびちゃんが子供たちに向かって唸り声を上げ、盛大に威嚇を始めたのです。

えっ?

私は驚きましたが、きっと、子猫たちはもっと驚いたと思います。あんなに献身的に子供たちを守り、甘やかし、世話を焼き、導いていた愛情深いママが、いきなり敵意をむき出しにするなんて。

(P89より引用)

子猫たちが諦めずにとびちゃんに近づこうとしては、威嚇され、前脚で叩かれてしまいます。

後になって獣医師のに聞いて知ったのですが、おそらくとびちゃんは、既に次の子をお腹に宿していたのです。だから、子猫たちが十分に育ったと判断して、独り立ちさせることに決めたのでしょう。

野良猫のお母さんは、そんな風に唐突に、とでもドライな子別れをするようなのです。

戸惑い、傷ついた子猫たちが、離れた場所で寄り添っているのを見届けて、とびちゃんは最後にほんの数秒、私を見てから、ヒラリと姿を消しました。金色の瞳が放つ光が、ずっと網膜の裏に残るような。そんな、強くて澄んだ眼差しでした。

言葉はなくても、「あとは頼んだわよ」と、言われたような気がします。

(P90-91より引用)

椹野さんは唐突に、とびちゃんから子猫たちを託されてしまいます。そして今度は仕事場のある方の家で、子猫たちにご飯をあげる生活へとシフトするのでした。それから子猫たちは連れ立って、仕事場の方を訪ねてくれるようになりました。まだまだ忙しい日々は続くようです。

怯えながら、警戒しながら、ためらいながら、子猫たちは、徐々に家の中にも入ってきてくれるようになりました。その頃には、もう季節は秋。子猫たちは、だいぶ大きくなっていました。警戒心がひときわ強い実井と、ママと一緒にいたときから極めて気まぐれだった田崎は、徐々に足が遠のき、あまり姿を見せなくなってしまいました。

でも、それ以外の三匹…甘利、福本、波多野は、ほぼ毎日、朝夕の食事に姿を見せてくれるようになりました。どうもこの三匹はとりわけ馬が合うようです。

(P94より引用)

TNR活動を終えた後、子猫たちとどう接するのがよいのか。動物愛護協会の方々の回答としては、協会ができることはこのままなので、あとは地域猫として見守るようにとのことでした。そして餌も継続して可能であれば続けてほしいとのことです。

勿論、協会ができることにも限度がありますし、それ以外にできることって特に浮かびません。椹野さんが家猫として彼らを迎えたいのであれば、それは協会とは関係のない個人での活動というのはなんとなく理解できます。

けれどそれって「外飼い」と何が異なるのでしょうか?

何より、「餌付けを続けてくれ」というのが、どうにも心に引っかかりました。それは、「外飼い」と何が違うのか、と。

いくら「手術済みなのでもう繁殖はしません。少しずつ数は減っていきますから、それまであたたかく見守ってください」と言ったところで、猫嫌いの人がそれを受け入れてくれるとは思えません。

地域猫だって、野良猫時代と同じような「悪さ」をするはずです。丹精した庭や畑を荒らされたり、ところ構わず排泄されたりするのは嫌でしょう。自然環境に猫が及ぼす影響も、忘れてはいけません。

(P97より引用)

大学時代にほんの一瞬だけ交際した男性は、大学近くのアパートの1階で暮らしていました。学生寮もかねたようなアパートで、当然動物を飼うことは許されません。が、自称 猫大好きな方で、アパートの裏で猫に餌をあげていたようなのです。数匹の猫がご飯を食べに来ている的なことを言っていました。

当時の私には、それがとても無責任な行動に見えました。餌をあげて、愛でることはする。でも、家にあげて面倒を見るわけでもない。地方から大阪に来ている人だったので、卒業後には地元に帰るかもしれなず、そうなると猫たちの最期まで面倒をみるわけでもない。その辺で排泄することに対して、どうこうするわけでもない。まぁ、私生活でも交友関係もだらしない方だったので、すぐに別れてその後どうなったのかは知りませんけれど。椹野さんのようにできる範囲で最大限手を差し伸べていらっしゃる方の活動と、ただ餌付けするのはやっぱり違うよなぁ…と本書を読んで思いました。

そういえば、私がまだ実家に住んでいた頃に、近所に白黒の野良猫さんがいました。後ろの片足が不自由なのか欠損しているのか、尻尾も使ってちょっと独特な歩き方をしている子だったように記憶しています。その子とは時たますれ違う程度だったのですが、近所のとある一軒家の庭に入っていくところをよく目にしました。確か御高齢の御夫婦が住まわれていたお家です。外飼いなのか、猫が勝手に根城にしているのか、ご飯だけもらっているのか。

で、やはりね。外で暮らしている猫さんの排泄物という問題があったんですよね。実家は2軒分の土地の半分に家を、もう半分が車庫と畑と、犬が走り回るスペースになっています。その庭によく、猫の落とし物がありまして…。やはり犬とは臭いも違いますし、すぐわかるんですよね。大変エゴな話ではあるのですが、身内(愛犬)の排泄物を処理するのは問題なくても、よく知らない猫の排泄物となるとやっぱり…んー…でした。まぁ猫だもん、仕方ないな。犬たちよ、番犬頑張れと思っていたら、柴犬がその猫さんに怯えてへっぴり腰になっていたような…(カマキリに鼻を切られたり大層どんくさい子でした)。

ちなみに私自身は、外飼いする方を否定するつもりはありません。外飼いでも、トイレはちゃんと家でさせているという方も大勢おられると聞いています。都会か、田舎かといった土地の問題。猫さんの生まれ育ちによって、家飼いが難しいということもあるでしょう。各猫さんごとに事情があるんだろうなぁ…といった感じです。でもそれに対して難色を示される方の意見も、同時に否定できるものではないのですよね。難しいです。

途方に暮れながら私が出した結論は、

①とにかく、とびちゃんの捕獲に継続して取り組み(賢すぎて本当に難しい子なのです)、不妊手術に繋げる。

②今、目の前にいる子猫たちを、できるだけ我が家に迎える。目標は全員。できたらとびちゃんも。

③たまに来るパパ猫も、後顧の憂いを断ち切るために捕獲チャレンジ継続。

④これらの活動中、縄張りを変えさせないよう&行動半径を広げさせないよう、餌付けは維持する。野生動物の捕食を抑えある狙いもあり。

⑤猫の排泄をコントロールすることは不可能なので、せめて、仕事場と実家に猫トイレを複数カ所に設置し、よそでの排泄を抑制する。

⑥公衆衛生と猫の健康維持の両方を考え、滴下薬による寄生虫やダニの駆除を行う。

といったものでした。餌代と猫トイレ維持費自腹はまあどうにか。

(P98-99より引用)

猫さんを受け入れる、または地域猫として見守るのにもたくさんの苦労があるのだなぁと勉強になりました。

当然、仕事は滞りますし、風邪だって引きます。アホみたい、ではなく、かなりアホです。

そんなときに支えになったのは、SNSで毎日私が発信し続けていた猫たちの姿を、共に見守ってくれるフォロワーさんたちでした。中には、状況を知りもしないのに、自分の中の正しさを大上段に振りかざしてくる人もいました。まあ、いましたよ、そこそこ。

TNRというシステム自体に批判的な人も少なくないと知りましたし、彼らには彼らなりの、大いに頷ける理由があることもわかりました。特に、自然環境への猫の悪影響を憂慮する人には、せっかく捕獲した猫を再び野に放つというのはとうてい受け入れられないやり方だということも、十分に理解しました。

極端なものでは、「猫なんて、何の役にも立たないのだから、殺処分してしまえばいい」というお声も、当然ありました。これは、ご近所からも似たような意見が自治会に寄せられていたようです。そう仰る方々は、いつかご自分が「何の役にも立たないもの」になる可能性なんて、微塵も考えたことがないんだろうな、と。シアワセデスネ。

でも、せっかくこの世に生まれた命。奪えばそれで済むというのは、いかにも短絡的では?

野良猫問題、地域猫問題は一朝一夕で解決できることではないので、やれることを探りながら、いつか「野良猫、見なくなったねぇ」という状態に持っていけるよう、微力ながら努力するしかない、と思いました。

(P100-101より引用)

私はどちらかとい言えば、椹野さんと同様の意見なのですが…まぁ世の中っていろんな考えの方がおられるんですね。なんとも複雑な気持ちになりました。

それから福本さん、波多野さんは無事ほぼ家猫に、そして甘利兄さんは通い猫に。そしてなんと、とびちゃんまで家猫になることができたのでした。椹野さん、本当にすごいなぁ…。家猫化計画もそして1年余りかけての親子の仲直り(?)も根気よく続けてこられて、その成果が実ったのですねぇ。

甘利兄さん

福本さん、波多野さん、ママ猫のとびちゃんが家猫化しましたが、それでも甘利兄さんの通い猫というスタンスは変わりませんでした。もしかしたら、他にも通っている場所があるのかもしれません。

けれどある日、甘利兄さんが負傷して帰ってきたのです。甘利兄さんの額は外傷があり、獣医さんに診てもらうと何かの折れた歯が刺さっていました。それが炎症して腫れてしまったのですね。聞いている(読んでいる)だけでも痛そうです。

そして椹野さんは、甘利兄さんの意思による和やかな家猫化計画を断念し、半ば強制的に家猫にする決意をされました。甘利兄さんはそれまで4年ほど通い猫状態でしたが、それが急に家から出られなくなるのです。外に出たがる甘利兄さんを家に留めさせることがいかに大変か…。

ガツガツ食べて、ちょっと寝て、起きた瞬間から、私が「出せ活」といつしか呼ぶようになったアクションが始まります。食べるときと寝るとき以外、ずっと唸ったり、吠えたり、悲しげな声を上げたり。文字にするとあっさりしていますが、それは聞いているこちらの鼓膜と胸を切り刻むような、悲痛な声でした。

途中からすっかりひび割れてしまった、でも外にまで響く大きな声です。家と家の間隔が広い田舎といえども、ご近所迷惑という言葉が頭をよぎります。

何より、毎日何度もすべての窓を叩いて、擦って、何とか開かないかと奮闘している甘利の姿には、みぞおちがキリキリと痛みました。たとえ目的があるといえども、そしてそれは甘利のためといえども、これでは虐待しているも同然ではないかと、罪の意識も日に日に強くなっていきます。さらに、閉じ込めから数日経った頃、ストレスがかなりたまった甘利は、破壊活動も行うようになりました。

(P175より引用)

聞いているだけでも辛い…!この攻防がなんと2ヵ月も続いたそうですから、本当に椹野さんも甘利兄さんも、他の猫さんもお疲れさまでした。

私は、猫は家の中で暮らすほうがよいと思います。外暮らしに比べれば、清潔な環境を維持しやすいですし、事故に遭う確率、感染症に罹患する確率もぐんと下がります。

猫嫌いの人を悩ませることはないし、よそのお家を汚すこともない。自然環境のバランスを崩すこともない。暑さ寒さに苦しむこともない。総合的に判断すると、家で飼うのが正解。それは揺るぎない事実です。

でも同時に、「猫にとっては、そんなのは知ったこっちゃない」ということも、心に留めねばならぬなあ、と思うのです。不妊・去勢手術も、外で暮らしていた猫を家の中に入れることも、すべて人間の都合に、無理矢理猫を従わせる行為であること。

たとえ猫の幸せに繋がる道であっても、そのことは忘れてはいけないと感じます。だからこそ、私の理に付き合い、家で暮らすことを受け入れ、それまでの暮らしを捨てる覚悟を決めてくれた猫たちを、うんと幸せにしなくてはいけない。

今は緩みきった寝顔で、四肢を投げ出してすやすや寝ている甘利を見るたび、「私の決断を、正解にしてくれてありがとう」と、心の中で語りかけます。

猫と暮らす上で、すべての責任を負うのは人間。でも、共に生きる暮らしを充実した、幸福なものにするためには、人と猫、双方の努力と妥協と、何より愛情が必要。

(P179-180より引用)

そうなんですよね。手術も、何もかも人間様の都合に、猫や我が家の場合であれば犬を巻き込んでいるんですよね。それは、私も忘れないでいたいです。

私が実家にいた頃にいた柴犬、トイプーは昨年、立て続けに虹の橋を渡ったと実家の母から連絡がありました。シーズー犬が1匹健在なのですが、まぁ一匹だけになったことがない子でして、分離不安もあったのでしょうね。両親が働いている間、1匹では寂しかろうと、新たに柴犬を迎え入れたと聞いたときは、頭を抱えたものです。いあ、気持ちはわかる。シーズーが寂しい思いをしているのも、それが可哀想なのもわかるのです。親には親の考えがあり、事情があるのもわかる。それでも…ですよ。

両親は今年還暦を迎えます。先代の柴犬が15歳(くらい)で病死してしまったのですが、同じかそれ以上生きてくれると仮定すれば、親が75歳~まで面倒を見るわけです。小型犬でも散歩はそれなりに必要ですが、柴犬となったらもっと必要です。体力だって、親は衰える一方でしょうが、犬の方は暫くは上がっていく一方でしょう。70代であれば、認知症であったりのリスクだって、考えなくてはならない年齢です。

金銭面の問題だってあるし、もしものことがあったとき、関西と関東と遠距離である我が家では面倒を見ることもできません。それに夫は犬が得意ではありません。妹の家だって、まだ小さな子が2人と、そちらにも既に柴犬が1匹いるので手一杯でしょう。

そういうところまで考えているのか?シーズーをお迎えしたときに「この子が残りの寿命的に最後の子かな」と言っていた言葉はどこに行ったのか?平均寿命、健康寿命が延びているから、今の75歳は若いから大丈夫と現状を軽んじていないか?飼うなとは言わないが、本当に最期まで面倒をみられるのか?と頭を抱えたのです。あぁここで愚痴を言っても仕方ありませんね。すみません、ついつい。

要は人間の都合に動物たちを巻き込む以上、最期まで責任を持つ。それが、人間ができる最低限のことだと私は思っております。

ちびすけと実井

とびちゃん一家以降も、椹野さんの実家の庭には、他の猫一家たちが餌を求めてやってくるようになりました。その頃には動物愛護協会の方々との蟠りも解消され、再び連携してTNR活動が行われることになりました。その頃には、猫の譲渡もされるようになっており、椹野さんの自宅でいったん子猫たちを保護し、譲渡先が決まれば譲渡される仕組みができていました。保護された子猫は残り2匹。その子たちも、近日中に新たな道を進む予定です。

そんな子猫三昧な毎日も落ち着いてきた、ある雨の日、椹野さんの耳に届いた子猫の泣き声。甲高い、親猫を探す子猫の声でした。その声はいつまでたっても止まることはありません。子猫が1匹でさまよっているかもしれない。しかもこの雨の中。このまま放っておけば、死んでしまうかもしれない状態です。

やっぱり放っておくことなんてできず、隣の空き地を探してみると、いました。まだ絵の平サイズのキジトラの子猫が。親猫も周囲にはいないよう。雨で冷えて体は小さく震え、一刻の猶予もありません。そうして保護されたのが、後のちびすけちゃんでした。

とにかく湯たんぽと私自身の体温で優しく温めていると、次第に子猫の震えが止まり、タオルの隙間から、こぼれそうに大きな二つの目が、真っ直ぐに私を見上げてきました。まだキトゥンブルーの、吸い込まれそうな美しい目です。

正直、心を撃ち抜かれましたし、この衝撃を、私は以前、一度だけ経験したことがあります。同じキジトラだった、亡きちびたとの出会いがそうでした。

(中略)

父が、タオルにくるまれたままのちびたを無造作に差し出してきたとき、ちびたは初対面の私をじっと見て、子猫特有のあの甲高い、母親を呼ぶ声で私を呼び、縋り付いてきたのです。

あれだ。あの声と、あの眼力だ。子猫に「お前がお母さんだ」と指定されたら自動的にそうなってしまう、あの謎の強力すぎる魔法を、また食らった!

(P189-190より引用)

同じ目力に、身体のパーツ、境遇も、月齢も似た2匹。でも既に、椹野さんのお家にはとびちゃん一家が住んでいます。

そんな不安の中にいた私は、思わず実家の母に相談しました。母はそのとき既にそこそこ認知症を患っており、言動が怪しいことも多々あったのですが、私が「ちびすけをうちの子にしていいものかどうか迷っている」と打ち明けたら、すぐさまこう答えました。

「何言ってるの。あの子はあなたの家にいるべきよ。どこへもやってはいけません」

えっ。

こういう事案には、「責任を持てないと思ったら、手を出すべきではない」というスタンスをずっと貫いてきた母が、まさかそんなことを言うなんて。私の決断に理路整然と疑義を突きつけ、再考を促してくれるはずの母の、まさかの意見に私はビックリしてしまいました。

(P198より引用)

ちびすけちゃんを拾ってきたあの日、お母さまは ちびたちゃんの骨壺から子猫(ちびすけ)に光が入ったのを見たと言います。そんなことを聞いてしまっては、手放せるわけがありませんよね。きっとこういうのを運命って言うのではないでしょうか。様々な葛藤がありましたが、最終的には、ちびすけはとびちゃん一家とも打ち解け、家族の一員となったのでした。

そして、その後なんと再び実井が姿を見せるようになったのです。とびちゃんの子猫で椹野さんのお家で家猫をしていないのは、このとき、実井と田崎の2匹でした。あとはパパ猫がときたまやってきては、窓越しにとびちゃんと会っているくらいです。

その実井が、再び通ってくれるようになったのです。そして、なんとも呆気なく(?)椹野さんの腕に納まるようになりました。そして、現在家猫修行中とのこと。7年の外猫から、ママ猫であるとびちゃんがいるお家なら…と家猫になることを決めたのかもしれませんね。

こうして椹野さんのお家には、6匹の猫さんたちが集ったのでした。

感想

よく流れてくる動画なんかで、拾ってきた子猫が今はこんなに立派になりました!みたいなのがありますが、あぁいうのを見ると涙腺が緩む年齢になりました。本書でも椹野さんの御苦労であったり、葛藤に対して、同じように悩み、怒り、困り…そして泣きました。やっぱり椹野さんの本、好きだなぁ。

『猫と私』というタイトルから、もちろん猫と暮らしている、暮らしたことがあるという方にもおすすめしたいですし、興味がある方も是非読んでみてほしい。私は猫ではなく、犬を飼っていましたが、通じるところもあり、動物と暮らしたことがある方なら、きっとどこかで通じるものがあるのではないでしょうか。

よもやま話

感想でも触れましたが、道端で鳴いていた子猫を救出して育て、今はこんなに立派になりました!みたいな動画をよく見ます。アルゴリズムがついつい見てしまう動画と判断したのでしょう。結構な頻度です。そういった動画では、途中経過が描かれるわけではないので、どれくらい苦労があったのかはわかりません。

でも実際、裏ではこういうことが起こっているんだということが、今回一番の勉強になりました。もちろん、全ての猫さんがシャーシャーモードではないでしょうし、最初からフレンドリーな子もいるでしょう。それでも、苦労が全くないというわけではないでしょうから、猫さんを迎え入れて、家族として暮らしている方はすごいなぁと思うわけです。

個人だけではなく、動物愛護協会の方々の活動もそうですし、椹野さんのようにTNR活動をされたり、保護猫活動をされている方に対して、もっと理解が深まればいいですね。これは私のエゴでしかありませんが、犬さんも猫さんも、1匹でも多く幸せに天寿を全うできればいいなぁと思っております。できることは限りなく少ないですけれどね、こうして本を紹介することくらいはできますから。

是非、興味のある方は読んでみてくださいませ。