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シンプリストになりたいのです

本・人生オークション の感想

オークションってしたことありますか?

私がまだ幼いころのオークションのイメージと言えば、サザビーズやクリスティーズのような美術品や骨董品を扱い、購入するのは大富豪たち…。庶民の私には到底、知りえない世界だと思っていました。

ところが、インターネットが普及するとオークションは高級品だけではなくて、個人で出品できるありふれた存在になりました。ヤフオクは1999年9月からサービスを開始。私も、大学生の頃に何度かネットオークションを使用したことを覚えています。

今回はそんなオークションにまつわるお話「人生オークション」を読み終えましたた。文庫「人生オークション」には「人生オークション」と「あめよび」の中編が2本綴られていますので、それぞれ感想などをネタバレ交えて綴っていきたいと思います。

「人生オークション」あらすじ

大学卒業後、就職せずに(できずに)アルバイトの日々をおくる瑞樹は、母に頼まれて叔母りり子のアパートにやってきました。叔母は、不倫の相手の妻を刺すという刃傷沙汰を起こし、夫からも離婚を告げられて、瑞樹の家から3駅のところにあるアパートで一人暮らしをしていたのです。専業主婦だった叔母はこれから自分で生活費を稼がなくてはなりませんが、その職もまだ決まってはいませんでした。

母の手書きの地図を頼りにたどり着いたアパートは随分と荒れ果てたアパートでした。しかし叔母さんの部屋の扉をノックしても、返事がありません。仕方なく母から渡されていた鍵を使い部屋に入ると、叔母さんはキッチンで眠っていました。

ため息が出た。「こういうの、なんか本で読んだことがある」思わずつぶやいた。

「『キッチン』でしょ」しゃがれた声と同時に布団のかたまりがもぐもぐ動いて、叔母さんが顔を出した。ノーメークで渋紙みたいな顔色、起伏の少ないぺったりした顔立ち。鼻が低いところが悲しいぐらい、私と似ている。

「眠れる?台所」

「眠れない」叔母さんは布団から顔を出して、私を見上げた。「ぜんぜん眠れない」

「なんで、向こうの部屋で寝ないの」

「開けてみ」

言われるがままに、キッチンと八畳間を分けるガラス戸を開いてみた。ぎょっとした。ダンボール箱と家具、電化製品、大小のキャリーケース、そんなものが天井までぎっしり詰まっていた。

(P12-13より引用)

瑞樹が荷解きをするためにダンボールの中身を確認していくと、中にはブランドのバッグから靴、銀食器、着物…と様々な高級品が。最初こそ、売ることを渋る叔母でしたが、2人はヤフーオークションに古いバッグを出品してみることにしました。。

「やっぱり、ブランドってすごいわね」

私は傍らにある、ヴィトンの古いバッグを見た。こんなものが一万五千円?私にはブランドの力というよりも、人の思い込みのかたまりのような気がした。

(P40より引用)

叔母が持っていた高級バッグは思ったよりも高額で、しかもすんなりと売れていきます。

ふっと不安になった。「大丈夫?叔母さん、バッグ売っちゃって本当によかった?」

しばらく叔母さんは黙って食べていた。「最初は少し恐かった」忘れた頃に叔母さんはささやいた。「不思議だね、離婚した後、自分はなんにも持ってないと思ってたけど、送ってもらったものはすごい量だったでしょ。あんなにたくさんあるのに、思い入れもあるの。ぼろいバッグでもなくなっちゃうと思うと恐かった。けど、売ってみるとそうでもないね。一人でご飯食べるのと一緒」

(P44-45より引用)

そしてそれから、少しずつ、部屋中の荷物を出品していく日々が始まります。

週末にオークションが終わり、休日に落札者と連絡を取ってお金を口座に振り込んでもらうと、月曜日と火曜日には決まって配送作業に取り込むことになった。一つ一つのものを包装して絶対に間違えないように確認しながら各落札者に配送するのは、気を遣う、思っていたよりも大変な作業だった。バッグや靴はデパートなどの紙袋に入れて送ることが多かったが、叔母さんのところにあるものだけではすぐに足りなくなり、実家から持ってきたり、バイト先の友達に声をかけて譲ってもらったりした。

二人で黙々と品物を梱包していると、突然叔母さんが笑い出した。

「なんか、私達、これが本業の仕事みたい。なんかの業者みたい」

確かに、無職の叔母さんと、アルバイトの私には、これが今の本業と言っていいかもしれなかった。だけど、就職が決まらない私は、叔母さんのように無邪気には笑えなかった。

「これが本業じゃ困るでしょ」

私は渋面を作って叔母さんをにらんだ。だけど、叔母さんがあんまりころころ笑うので、次第に口をゆがめたまま笑ってしまった。ものを売って生活しているなんて、人は優雅だと言うかもしれないけど、こうして汗まみれ、埃まみれにならなくてはならないのだ。それがなんだかおかしかった。

「どんあことでも、お金をもらうのって結構大変ね」叔母さんは笑いながら言った。

「お仕事をしてお金をもらうのはもっと大変だと思うけどね」

「わかってるわよ、そんなこと。でも、大変なばっかりじゃなくて、ちょっと楽しいこともあるわね」

それは私も感じていたことだった。

(P60-61より引用)

そんなある日、アルバイトの帰りに叔母さんの家に尋ねると、叔母さんの代わりに見知らぬ人物がいました。金色の短髪で一見男性のようにも見える女性でした。彼女は専門の学生であだ名は「ヒヨ子」。叔母がつけた名前だと言います。

オークションの連絡を取り合っている流れで、知り合ったのだと言います。ヒヨ子が帰宅した後、瑞樹は知らない人を家に招き入れるのは危険だと叔母を諭します。

「誰かが私のことを殺してくれたら、それは大歓迎」

(P73より引用)

叔母は自分で命を絶とうとしてもできなかったことや、今は瑞樹との関わりを得て安定してきたことを話します。

人を傷つけるほど好きになって、それでどうなるの、と思う。だけど、その一方で濃いだけの問題じゃないということもわかっている。今まで、本当に欲しいと思ったものが一つでも自分にあっただろうか。一つでもしたいと思ったことがあっただろうか。その思いにまた入ってしまう。

だから、就職もダメだったのだろうか。

(P75より引用)

瑞樹が就職しなかったのではなく、できなかったことには理由がありました。

自己分析というものはもちろん知っていたけど、そこまで必要なものとは思っていなかった。しかし、友達がぎっしりとノートをこれまでの人生や就職に対する考え方などで埋め尽くしているのを見ると、落ち着かない気分になった。

(P94より引用)

自己分析を批判し、おちょくることが逃げだということは、私にもわかっている。

だけど、心の奥底で、叔母さんの言うように「そんなのおかしい。そんなことまでして就職したくない」という気持ちがあった。それをしていないから就職できないんだ、という言いわけを自分に作りたいだけかもしれないけど。

気がつくと、就職活動ができなくなっていた。一応、ネット上でエントリーして通った企業には出向いたが、準備をするわけでもなく、勉強をするでもなく、ただ、そこにいるというだけだった。

「就職しあきゃいけないっていうのはわかってるんだけどさ。どうしたらいいのかわからないんだもん。ああいう人と同じようにはできないもん。たいした学生時代を送ってたわけでもないし」気がつくと、叔母さんに皆話していた。

「私と同じだね。私もそうだった」変なところが似たなぁ、と叔母さんが笑う。「自己分析っていうのが、とにかく、すごく恥ずかしくてね。そういう自分が逃げているのもわかってるんだけど…自分を見つめることが、いいことばかりとは限らないよ」

(P94-95より引用)

他の人が通る道を少し踏み外していしまった、二人は少しずつ、ぶつかり合いながらも、現状を進めていく。そんな再出発の物語。

「人生オークション 」感想

小説自体は2011年に刊行されたものですから、オークションなどの考え方も今とは少々違うという前提で読みました。

2010年前後に就職活動というと、ちょうど私と同じ世代。ゆとり世代、さとり世代と言われる世代。いわゆる「高い目標を掲げ得ることなく現実的な生活を好んでいる」世代、なんて言われています。

りり子叔母さんはというと、年齢的にバブル期を経験した世代。ブランド品がステイタスになった時代なのではないでしょうか。

巻末の「解説」でも述べられていましたが、この「世代差」が本書の魅力のように感じました。価値観の違いを、今でいう「断捨離」を通じて表現しているところが面白かったです。

「人生オークション」というタイトルですが、断捨離方法や物を手放すコツが描かれたHOW TO本ではありません。心の変化を綴っていくような物語でした。

「あめよび」 あらすじ

主人公の大谷美子は白石眼鏡店で、眼鏡の販売をしています。大学生の頃にアルバイトとして入り、就職を機に一度辞めますが、結局その職場には長居することはできませんでした。派遣などでつなぎますが、そんなある日 社長とたまたま出会い、それがきっかけで白石眼鏡店に戻ってきたのでした。

白石眼鏡店は、実は現内閣の半数の大臣が訪れるようなお店です。そして美子には、眼鏡を売るとびぬけた才能がありました。高価な眼鏡であっても、美子は販売することができたのです。

そんな美子には、二歳年下の恋人 輝男がいます。

美子は前職を辞めた後、しばらく不眠症の症状に悩まされていました。そんなときに、たまたまラジオを流してみると、自然と眠れるようになったのです。その番組は「マウスマンショー」と言いました。不眠の症状が改善しても、その番組だけは聞き続けていました。

輝男と出会ったのきっかけは「マウスマンショー」というラジオのイベントでした。彼はマウスマンショーだけではなく、他のラジオ場組にも「サンシャイン・ゴリラ」という名前でお便りを出している有名なハガキ職人でした。ラジオイベントの後のオフ会で親しくなり、交際するようになったのです。

輝男は工場でアルバイトをしつつ、ラジオに投稿を続けていました。放送作家になりたいという夢はありますが、なかなか一歩踏み出せないでいます。美子も交際して5年、もうすぐ30歳を迎えようとしているのに輝男から結婚の話がでないことに、少々やきもきした気持ちを抱えていました。

「来週の美子ちゃんの誕生日にはちゃんとしますから。なに食べたい?なんでも好きなものおごるから」

「それはいいけど」美子はビール缶の端をかじりながら言う。「結婚するのってどうだろうか、私たち」

「え」輝男の手が止まる。「なんで」

「なんでってことはないでしょ。もう、そろそろ5年も付き合っているんだしさ。一緒にいて楽しいし、気も合うし」そこまで言って、輝男の目が驚きで見開かれているのを見て、急に不安になった。眼鏡をかけていないからだろうか。美子を見ているのに、焦点が合っていない。「と、私は思うし」小さな声で付け加えた。

「うーん。結婚はできない。ごめん」頭を下げた。

「え」ここまではっきりと断られるとは思わなかった美子は面食らう。「なんで」

「おれ、結婚はできないと思う。だれとも。ごめん。美子ちゃんがだめだって言うんじゃなくて、たぶん、だれともしないと思う。一生」そう言うと、美子の目を見ないで服を着た。美子はぼんやりとそれを見ていた。

(P159-160より引用)

それ以降、美子は輝男に会う度に何故結婚ができないのか、どうすれば結婚する気になるのか…を問うようになります。しかし何度あっても話は平行線。

そこで輝男が怒って帰るような男性であれば、早々に話は解決していたのかもしれませんが、輝男何度も話し合いを続けます。ただ美子のことは愛している。けれど、結婚はできないの一点張りでした。

そんなある夜、二人がラジオを垂れ流していた時のことでした。

輝男はまた手を伸ばして、ラジオの音を大きくした。

「僕の故郷には古くから諱という風習があり、戸籍上の名前以外に、親や祖父母しか知らない、本当の名前があるのです。その名前を他の人に知られると、呪われたり、悪いことが起きると言って、とても大切にしているのです。僕が母の実家で読み上げてしまったのは、その名前だったのでした」

「あるある、こういうことって一度はあるんだよなぁ」輝男がつぶやいた。

「一度はあるって、どういう意味?諱っていうの、ゴリちゃんも知ってるの?」

「美子ちゃん、知らない?おれの実家の辺りにはあるんだよ。そういうの。自分と両親しか知らなくて、結婚相手にだけ教えるの」

「皆、持ってるの?」

「ああ、おれもある」

「私、そんなの初めて聞いた」

(P173-174より引用)

それから美子は諱に強い興味を示し、自分でインターネットで検索するようになりました。また、諱を持っている人だけが入れるコミュニティサイトにも偽って参加するようになったのです。しかし、美子が諱に興味を持つことに対して、輝男はよく思っていません。それでも、美子は輝男の諱を知りたいと思うようになりました。

とにかく、美子は輝男の諱が知りたくなった。それがわかれば、たとえ結婚できなくても一緒に暮らせなくて、母親の前でも誰の前でも堂々と輝男を愛していると言えるのではないか。何といっても、諱は一生に一人しか教えない、ただ一人の人のための名前なのだから。結婚できなくて、自分が一番愛されている相手だと、納得できるだろう。だけど、結婚はともかく、諱も教えてくれないと言われたら、美子はどうしたらいいのだろうか。気持ちをどこに持っていけばいいのだろうか。そう思って美子は結婚のこと以上に、諱のことを聞けなくなってしまった。

(P198より引用)

美子と輝男の恋は一体どうなってしまうのか、そして、輝男の諱とは何なのか…

諱とは

諱は、忌み名とも表記されるそう。

諱という漢字は、日本語において「いむ」と訓ぜられるように、本来は口に出すことが憚られることを意味する動詞である。

(諱 - Wikipedia  より引用)

「あめよび」感想

諱の風習、その名前を憶えていたわけではありませんが、薄ぼんやりとどこかで聞いたことのある風習でした。どこで聞いたんだろう…思い出すことはできませんけれど。

本当の名前を知られると、相手に縛られてしまうと言うのは、漫画でもよく出てきます。私が好きな作品であれば、「夏目友人帳」であったりがそうでしょうか。知らない人間に自分の名前をやすやすと明かしてはいけないという話はよく聞きます。

そんな諱がテーマとなった、恋物語。だいたいが険悪なムードで、幸せな気持ちになれる物語ではなかったですが、悪くもなかったです。

「雨じゃなかったんだ」

(P229より引用)

という台詞がラスト付近にあるのですが、これの意味があまりよくわからず。解説で、輝男の名前についてのお話を聞いて、なんとなくなるほど~と思いましたが、それでもよくわからずでした。

解説の斎藤美奈子さんがおっしゃる通り、近現代史を勉強しなおした方がいいかもしれません。

全体の感想

さらさらと読みやすい本でした。その分、深みがあまりなく、なんとなく入り込むことが難しかったように思います。今回、原田ひ香さんの作品は初めてだったので、あまり作風に慣れていないだけかもしれません。

しかしながら、物語の構成はわかりやすくて理解もしやすかったように感じます。いい意味でも悪い意味でも「読みやすい本」でした。

断捨離をテーマにした本をいくつか見繕って借りてみようということで、出会った本ですが、これはこれで面白い発見があり面白かったと思います。

「三千円の使いかた」を読んでみたいなぁと思っていたので、また機会があれば読んでみようと思います。